13 歩いていく
わたしはびっくりしたけど、大人しく後に続いた。
指導官長様は、山を登っていった。わたしは、この道をよく知っていた。だって、いつも禁域の方に行くときに、通る道だから。
指導官長様は、整備されていない、自然のあるがままにしげる、木々の前で立ち止まった。ここから先が、禁域だった。
「あなたは、ここによく来ますね。そして、ここより奥に、入ったことがあるんじゃありませんか?」
わたしはびっくりして目を丸くした。だって、わたしが実際に禁域に入ったことがあることは、先生にもだれにも、バレてないと思ってた。
「禁域に入ってみて、どうでしたか?」
「……木が、こわかったです。見下ろしてくるみたいで。とっても暗いし」
指導官長様はうなずいた。
「すぐ引き返してきたのは、賢明でしたね。ここより先は、わたしたちの住む場所とは違いますから」
「それって、精霊の住む場所だからですか?」
指導官長様は答えなかった。代わりに、質問してくる。
「……イェナ、あなたは、精霊に会いたいですか?」
わたしは、こくりとうなずいた。
「精霊の国に、行ってみたいんです。こことは、違う世界なんでしょう?」
「ええ、そうですね。でも、あなたの世界はここですよ、イェナ」
「……でも、でも、わたし、お外に行きたいの。わたしは、お外に出ちゃだめなの?」
指導官長様はしゃがみこむと、目をうるませたわたしの頭と背をなでた。
「いいえ。必ずしもそういうわけではありません。あなたが探しさえすれば、手段はいくつかあるでしょう。———でも、あなたはここのことを、まだ、分かりきってはいない」
わたしには、指導官長様の話す言葉は、難しすぎて、よく分からなかった。それでも、大事な話のような気がして、必死に耳を傾けた。
「あなたは、まだ、ここでの自分の可能性を探しきれていない。外に興味を持つのは、それからでも遅くはありませんよ。自分のできることを精一杯してから、それでも、山の下に興味があるようなら、今度は、その道に進むための方法を、自分で探せばいい」
こぼれ落ちた涙を、指導官長様の骨ばった手がぬぐった。
「まずはここで、自分にできることをしてみなさい。あなたがそれでも、あきらめ切れない
のなら、私が力になりましょう」
「……自分に、できること?」
そのとき、なぜだか、別のことが頭にうかんだ。
ネイビーブルーの髪の男の子に、赤毛の女の子、それに、バイオレットの髪の男の子……。
(あれ? このひとたち、知らない人じゃない。……どこで出会ったんだっけ)
それが、すごくすごく大切なことのような気がして、必死で頭をめぐらす。だめ、これは忘れちゃいけないこと。思いださなきゃならないこと……。
(ここじゃない、別の場所……禁域、禁域のずっと奥……)
はっと、目が覚めたかのように、わたしは顔を上げた。
「わたし、こんなとこにいちゃいけない! みんなのところに、戻らないと……!」
わたしは、先生の手を取った。握りしめる手は、今の大きくなったあたしの手。
「指導官長様、わたし、行ってきます。自分にできることをしに行ってきます!」
わたしはふり返ると、もと来た道を走り出した。
山を下りるうちに、だんだんと、その景色は変化していく。つゆを帯びた野が、花畑に変わり、あたりを囲う鬱蒼とした木々が消えていく。
そして、目の前に、ぱあっと光に包まれた場所が見えてきた。わたしはためらうことなく、そこに足を踏み出した。
***
「う、う~ん……」
わたしは、うめき声をあげると、そろそろとまぶたを開いた。
「……ここは?」
まぶしくて、また目をつむる。
片手をついて起き上がると、そこは、花畑のなかにある、白い道の上だった。
「……戻ってこれたんだ」
泥も引いて、すっかりもとの固い道に戻ってる。
「う、う~ん」
うめき声に隣を見ると、バージエの姿があった。よく見ると、すぐそばに、レギーとノーマムの姿もある。
わたしはバージエの体をゆすった。
「みんな! 起きて。わたしたち、もとに戻ってるよ!」
自分で言ってから、はたと首をひねる。
(あれ? もしかして、小さくなってたのは、わたしだけなのかな? そういえば、なんでわたし、小さくなってたんだろう……)
レギーとバージエが、眠たそうにまぶたをこすって、起き上がった。
「ここは……」
「花畑のなかにある道よ! ほら、泥も引いてる」
「……う~頭いたい。夢のなかで、かあさんにげんこつ食らったからかしら……」
わたしたち三人は起きたのに、ノーマムは、なかなか起きてこなかった。心配になって、ノーマムの体をゆする。
「ねぇ、ノーマム起きて。ノーマム」
けれども、ノーマムはぴくりともまぶたを動かさない。




