第23話:修行完結・さらば永平寺――誠実さが紡いだ「認可」と「一杓の水」
ついに訪れた卒業の日。修行の終わりを告げる「龍門」には、道元禅師の深い慈悲の言葉が刻まれています。私が一年間の汗と涙の果てに、その門の下で誓った決意をお話しします。修行編、堂々の完結です。
15か月にわたる修行の締めくくり。永平寺を卒業するためには「乞暇」という最後の手続きを全うしなければなりません。
そのためには、お山にいらっしゃる老師方の三分の二以上から、卒業の認可をいただく必要があります。普段お会いする機会の少ない老師も多く、修行僧は皆この認可集めには並々ならぬ苦労をしていました。
しかし、私には不思議と不安はありませんでした。
本山だけでなく、吉峰寺の「カメムシ大戦」や、名古屋別院での「ワンオペ修行」といった外寮舎での勤務を経験し、そこで多くの老師方と寝食を共にし、深い信頼関係を築いてきたからです。
各地でお世話になった老師方から「堅明、よく頑張ったな」と、次々と認可をいただくことができ、本山での手続きも驚くほどスムーズに終えることができました。
これまでの苦労、怪我の痛み、孤独な夜、そして人との出会い。
そのすべてが、この「認可」という形になって自分に返ってきたのだと感じたとき、胸に熱いものが込み上げました。
そして五月末。
正式な卒業の儀式である「乞暇の拝」を執り行い、私は永平寺修行の全工程を無事に終了しました。
一年前、不安と渇望を抱えてくぐったあの「龍門」を、今度は一人の「僧侶」としての確かな自覚を持って、晴れやかな気持ちで後にしたのです。
この永平寺の龍門(正門)には、道元禅師の教えを伝える一節が刻まれています。
「杓底一残水、汲流千億人」
一杓ですくい上げた水の残りを、わずかな量であっても元の川へ戻せば、その水はやがて大河となり、未来の幾千億もの人々を潤す恩恵となる、という意味です。
その門を仰ぎ見たとき、私にはその言葉が「誠実に歩んできた道のりは、決して自分を裏切らない。そしてその歩みは必ず誰かの力になる」と語りかけているように見えました。
門を出て振り返ると仲間たちが手を振ってくれているのが目に入ります。私も手を振り返しました。あの時の涙に滲んだ雲の形は今でも思い出せます。
合掌
「一杓の水」を大切にする心。その教えを胸に山を下りたあの日から、私の新しい人生が始まりました。自分を律し、誠実に生きることで、いつか誰かの喉を潤すような存在になりたい。その想いは、今も変わりません。
読者の皆様、一年間の修行記にお付き合いいただき、ありがとうございました。
今ならこの波乱万丈の修行経験こそが、今の私を形作っていると断言できます。
最後に大本山永平寺様、関係各所様、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
次回おまけ回、この永平寺での一年間を振り返った今の想い。を最後におまけしたいと思います。




