第21話:大空と大徘徊――修行の果てに見つけた小さな悟り
名古屋別院でのワンオペ修行中、私はある「大胆な行動」に出ました。
本山では許されないはずのその行動が、私に教えてくれた「自由の本当の意味」をお話しします。
名古屋別院での「ワンオペ修行」も一か月を過ぎる頃には、都会の喧騒にもすっかり慣れてきました。
十人の老師方の食事を作り、法要をこなし、犬の散歩をする日々。
そんな日課の合間を縫って、ある日、私は密かな「挑戦」をしてみることにしたのです。
それは、犬の散歩を兼ねた、名古屋の街の「大徘徊」でした。
秋田の重くどんよりとした冬空とは違い、名古屋の冬は驚くほど毎日が澄み切った晴天です。
その抜けるような青空の下、私はナゴヤドーム、名古屋城、名古屋駅、そして栄の繁華街……と、三時間ほどかけて街をぐるりと歩き回りました。
作務衣をまとい、犬を連れて都会のど真ん中を闊歩する。本山の高い白壁の中では一分一秒たりとも考えられなかった、嘘のような自由な時間でした。
本来であれば、「修行中の身で何をフラフラしているんだ」と怒鳴りつけられてもおかしくない行動です。
しかし、この週に一度の「大徘徊」を、誰よりも温かく見守ってくださっていた方がいました。
名古屋別院の「監院老師」です。
この老師は別院で孤軍奮闘する私のことを何かと気にかけ、毎日のように顔を見に来ては優しく声をかけてくださいました。
私には、いわゆる「おじいちゃん」の記憶がありません。父方の祖父も母方の祖父も私が生まれる前に他界していたため、私の人生の引き出しには「祖父」という存在がぽっかりと抜け落ちていたのです。
そんな私の前に現れた監院老師。少し気難しいところもありましたが、その奥には驚くほど深い優しさを秘めた方でした。
慣れていくにつれて他愛のない軽口を言い合ったり、お疲れの時は体調を気遣って肩を揉ませていただいたり。時には「おい、誰にも言うなよ」と、内緒でお小遣いを握らせてくれたこともありました。
いつしか私は、(もし自分にお爺ちゃんがいたら、きっとこんな感じだったのだろうな……)と、実の祖父のような情愛を抱くようになっていたのです。
第17話でお話しした通り、私は前年の十一月に秋田で足の腫瘍を手術し、リハビリも満足にできないままお山へ戻っていました。
監院老師は、私の足が今も不自由であることを誰よりも察し、案じてくださっていたのだと思います。
アスファルトを踏みしめながら歩いたあの三時間の大徘徊は、私にとって切実な「自力リハビリ」の時間でもありました。
街へ出て行く私を、老師は何も言わず、ただ温かい眼差しで送り出してくれていたのです。
ここには目の前を塞ぐ高い壁も、怒号もありません。ただ、どこまでも続く真っ青な都会の空と、自分をまるごと受け止めてくれる人の温もりがありました。
「誠実に務めていれば、見ていてくれる人が必ずいる」
あの青空の下で一歩一歩確かめた足の感触と、監院老師が注いでくださった祖父のような深い慈愛は、過酷な修行の日々を駆け抜けてきた私への、仏様からの何よりのご褒美でした。
合掌
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
作務衣で栄の街を歩くのは少し気恥ずかしかったですが、名古屋の優しい青空と監院老師の笑顔は、手術後の不安を抱えていた私の心をどれほど救ってくれたか分かりません。
信じてもらえるからこそ、人は前を向ける。その実感は、今のお寺づくりや、誰にとっても安心できる場所を目指す私の原点となっています。
次回は、そんな名古屋での温かな日々にも終わりを告げ、ついに訪れる「本山・永平寺への帰還」。
自由と回復を実感した私に、再びあの過酷を極める本山の激務が務まるのでしょうか!?
修行生活の終わり、乞暇(卒業)まで――「あと二話」!




