第20話:大都会「名古屋」のワンオペ修行と、犬(わん)の散歩(オペレーション)
山深き道場から一転、私は大都会・名古屋に放り出されました。待っていたのは、まさかの「ワンオペ修行」。繁華街の誘惑と、一匹の犬と向き合った、異色の修行時代のお話です。
吉峰寺での「カメムシ大戦」と食中毒の惨劇を乗り越え。次に下された辞令は、お山(本山)への復帰ではなく、大都会・名古屋にある「名古屋別院」への転役でした。
そこは、尾張のお姫様の菩提寺ともいわれる由緒あるお寺ですが……これまでの修行環境とは、あまりにも勝手が違いました。
なんと、修行僧は私たった一人。
十人の老師たちが日替わりで管理に来る広大な別院を、私一人で回さなければならない「ワンオペ修行」の始まりだったのです。
その業務量は、想像を超えるものでした。週に二〜三度は入る法事や葬儀の受付、会場準備、そして読経の随喜(参列)。これらを一人でテキパキとこなさなければなりません。
さらに、私と当番の老師たちの「毎日三食の食事作り」と、そのための食材の買い出しも私の重要な任務でした。
だがしかし、ここで思わぬ強敵が立ちはだかります。
名古屋の食文化といえば、全国的にも珍しい「赤味噌(豆味噌)」の独壇場です。
本山の厨房には全国から取り寄せたあらゆる色の味噌が揃っていましたが、名古屋のスーパーへ買い出しに行くと、棚の端から端まで見渡す限りの赤味噌一色!秋田の優しい合わせ味噌で育った私の舌には、どうしてもこの濃厚な赤味噌の味付けが馴染みませんでした。
「……よし、こうなったら自分の味で作ってしまおう!」
第18話であれほど「勝手なアレンジは封印する」と反省したはずなのに、人間、喉元過ぎれば熱さを忘れるものです。
私は別院の調理場を事実上「占拠」し、秋田仕込みの出汁と味付けをベースにした郷土料理を次々と食卓に並べ始めました。
すると、これが大ヒット。
「堅明、今日の飯もうまいな!」と、日替わりでやってくる十人の老師たちの胃袋を完全に掴んでしまったのです。
それから、もう一つ驚いた公務が、朝夕の「犬の散歩」でした。
別院で飼われていた一匹の犬を連れて歩く役目です。
元々動物好きの私にとっては至福の癒やし時間でしたが、都会のど真ん中を作務衣姿の坊主が犬を連れて闊歩する姿は、道行く人々から見れば相当シュールな光景だったに違いありません。
そんな日々の激務も大変でしたが、実はここでの本当の試練は、その「場所」にありました。
一歩門を出れば、そこは誘惑ひしめく名古屋の繁華街。
本山のような厳しい規律も、怒号を飛ばす先輩も、厳しい監視の目もありません。
あるのは、ただ自分自身の「自制心」だけでした。
すぐそこに娑婆の空気が流れているなかで、里心を抑え、一人で淡々と日課をこなす。
ある意味では、本山での集団生活よりも、たった一人で自分を律し続けることの難しさを痛感した日々でした。
……まあ、胃袋を掴まれた老師たちからの覚えがめでたかったことだけが、当時の私の唯一の「役得」だったのかもしれません。
合掌
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
作務衣で犬を連れて都会を歩き、赤味噌の海の中で秋田の味を振る舞っていたあの二ヶ月間。監視がない自由な場所でこそ、自分の本当の姿が現れる……そんな恐ろしさと大切さを学びました。
次回は、そんな都会の青空の下で決行した、今だから言える「大胆すぎる秘密の行動」のお話しです。
内緒ですよ。




