第18話:冬の永平寺――足を引きずり、刻み続けた「意地」
なんとか手術は無事に終えたが、リハビリの時間をとれない不完全な状態で、急いでお山に戻った私に与えられた役割は、二百人の修行僧の胃袋を支える「裏方のなかの裏方」でした。冬の厳しい寒さのなか、足を引きずりながら包丁を握り続けた、孤独な戦いの記録です。
手術を終え、ろくなリハビリもできないまま、私は再び「お山」へと戻りました。
当然ながら、術後の足首で以前のように坐禅や正座を組むことは叶いません。老師との面談を経て、私は「大庫院」へと転役することになりました。
かつて私がいた小庫院が、主に「参拝客(お客様)」のための厨房だったのに対し、この大庫院は「修行僧」のためだけの厨房です。
共に修行に励む約二百人の仲間の食事を、毎日三食、欠かさず作り上げる。そこには一瞬の停滞も妥協も許されない、小庫院とはまた違う独特の熱量がありました。
折しも、季節は冬。
雪に閉ざされた永平寺では、観光客の姿が消えた小庫院には閑古鳥が鳴いていたそうです。「あちらは静かでいいな……」と、隣の芝生を羨んでしまう自分がいたのも事実です。
しかし、大庫院に休みはありません。
私は術後の腫れが引かない足を引きずりながら、凍てつくような寒さのなかで、ひたすら漬物を刻み続けました。
トトトトトトン、トン、トトトトトトン……。
静まり返った厨房に、一定のリズムで響く包丁の音。
足が痛む。指先が寒さで感覚を失う。それでも、仲間たちの空腹を満たすために、私は立ち続けなければなりませんでした。
華やかな表舞台ではなく、誰にも見えない場所で、ただ黙々と「任」を果たす。
あの冬、冷たい大根を刻みながら私が学んだのは、派手さのない「継続」こそが、誰かの日常を支えているのだという真理でした。
合掌
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
華やかな法要の陰で、誰かが薪を割り、誰かが米を炊いている。大庫院での経験は、私に「目に見えない支え」への感謝を教えてくれました。あの時刻み続けた大根の冷たさは、今も私の掌に刻まれています。
次回は、そんな冬の厨房で迎えた、新しい年の幕開けと、衝撃の新たな転役(移動)のお話しをします。




