第17話:正座のできない修行僧――病室で誓った「優しいお寺」への道
私は和尚ですが、実は正座が大の苦手です。
そこには、修行時代に抱えていた足の病の記憶が隠されています。
実は永平寺での修行を終えて二十数年が経った今でも、私自身、何を隠そうかなりの「正座嫌い」です。
それには決してサボりではない、のっぴきならない理由がありました。
今回は、そんな「完璧じゃない私の身体」についてお話しさせてください。
もともと大学生の頃にバイク事故で右足首を骨折した古傷があったのですが、永平寺へ安居が決まった平成十八年の冬、以前から気になっていたその足首の不調を診てもらうことにしたのです。
近所の整形外科でレントゲンを撮ると、すぐに大きな病院への紹介状を渡されました。そして秋田大学病院で行った精密検査の結果――なんと、患部から腫瘍が見つかったのです。
幸いにも良性で、命に関わる事態ではありませんでした。けれど、本来ならすぐにでも手術をすべき状態です。
とはいえ、当時は出家や上山の準備など様々な事情が重なっており、悩んだ末に私は手術を後回しにして、そのまま「お山」へ上がってしまいました。
しかし、外界と遮断された過酷な修行生活において、その足首が悲鳴を上げるのに時間はかかりませんでした。
日々の坐禅、幾度となく繰り返される長時間の正座、そして板張りの長い回廊を駆ける雑巾がけ。
それは想像を絶する苦行でした。
修行が進むにつれ、私の足首は紫色にパンパンに腫れ上がっていきます。
けれど、お山には「湿布一枚、サポーター一つであっても、身につければ本堂への出入りが禁じられる」という厳格な規律が存在します。
どうしても腫れと痛みに耐えられない日は、こっそり湿布を貼り、「外単」と呼ばれる僧堂の外側にある一般参禅者用の席で坐禅に臨みました。法要の際も内陣には入れず、本堂の端の壁際で、坐布を使って足を組み、遠くから随喜することもしばしばあったのです。
私は一日の多くの時間を小庫院(厨房)での立ち仕事に費やしていましたが、それでも一歩厨房を出れば、読経や法要の作法が待っています。
みんなと同じ場所に座れない引け目と、お経の場に満足に立てない悔しさ。それらを暗闇の中でじっと噛み締める日々が続きました。
そんな、ある日のことです。腫れ上がった足を引きずり、顔を歪めながら長い回廊の雑巾がけを走っていた私を、呼び止めてくれた古参和尚さんがいました。「おい、無理をするな。部屋に戻って少し休んでいろ」そう静かに声をかけてくれたのは、あのお盆前の恐怖の「お経点検」で、拙い私の読経を「うん、うん」と優しく頷いて助けてくれた、あの秋田の先輩和尚だったのです。
厳しい規律が支配するお山の中で、自分の足の痛みに気づき、人知れず気にかけてくれる先輩の存在に、どれほど救われたか分かりませんでした。
こうして、お盆の帰省(長期他出)を終えてお山に戻ってからも、痛みは日に日に増すばかり。
「このままでは、肝心の修行が全うできない――」
そう意を決して、地元・秋田の大学病院で手術を受けることにしたのは、修行生活も中盤を過ぎた十一月のことでした。
再び長期他出を願い出て秋田へ帰ると、生後半年を過ぎ、首がしっかりと据わった長男が出迎えてくれました。守るべき小さな命に勇気をもらい、私は覚悟を決めて手術台へと向かったのです。
無事に手術が終わり、全身麻酔から朦朧と目が覚めたときのこと。
意識が混濁するなかで、私が真っ先に口にした言葉は「腹減った」だったそうです。
(あまり覚えていませんが)「精進じゃないカレーが食べたい!」と。
第13話でお話しした、肉もニンニクもない「あの精進カレー」の記憶が染みついていたのでしょう。
麻酔から醒めたばかりのこのなりふり構わぬ本能の叫びに、執刀医の先生方も思わず苦笑いだったもよう。
すぐに妻がコンビニで買ってきてくれた、なんでもない普通のカレーライス。
あの、ガツンと鼻を抜ける刺激的なスパイスと、舌に染み渡る肉の旨味……。
「あぁ……生き返った……」 病室のベッドで噛み締めたあの味は、一生忘れることのできない「命の味」となりました。
結局、腫瘍は無事に取り除いたものの、十分なリハビリ期間を取れないまま、私は足を引きずってお山へと戻ることになります。
それもあって、今でも私の足首は長時間の正座をどうしても受け付けてくれません。
しかし、そんな「足に弱点がある和尚」だからこそ、後に自坊である蒼龍寺を建てる際には、ある強いこだわりを持ちました。
それは、本堂からトイレに至るまで「一階全館をバリアフリー」にし、参列席にはすべて椅子を用意することです。
「修行なんだから、痛くても我慢しろ」そう切り捨てるのは簡単でしょう。
ですが、足の痛みに気を取られて、せっかくの親愛の故人へ手を合わせる祈りの時間が「ただ耐えるだけの苦痛」になってしまうのは、あまりにも勿体ないと思うのです。
完璧な体ではないからこそ、できる配慮がある。
私が段差をなくし、椅子を並べたのは、私自身がお山で「足が痛い時の孤独と不自由さ」、そして「誰かに気にかけてもらえるありがたさ」を骨の髄まで知ったからでした。
……もっとも、法要のたびに「あぁ、椅子って本当に助かる!」と一番胸を撫で下ろしているのは、他ならぬ住職の私自身なのですが(笑)。
蒼龍寺の段差のない床には、私のそんな格好悪い経験と、参拝される皆様へのささやかな願いが詰まっています。
合掌
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
「痛みを我慢すること」だけが仏道ではない。外単の隅で坐り、足を引きずりながら雑巾がけをしたあの日、私はそのことを痛感しました。弱さを知り、誰かの慈悲に触れたからこそ、人に優しくなれる。その想いは、今のお寺づくりの何よりの土台となっています。
次回は、手術を終えてお山に戻った私を待ち受けていた、新たな戦場(配役)のお話です。
冬の寒さの中、足を引きずりながらひたすら包丁を握り続けた日々をお届けします。




