第14話:恐怖の「お経点検」――絶望する私を救った、心の恩人。
地獄の修行生活の中で唯一許される「里帰り」。
その切符を手にするためには、不可能とも思える過酷なミッションを突破しなければなりませんでした。
絶望する私を救ったのは、同じ秋田の空気を知る、一人の先輩の「慈悲」でした。
永平寺では八月になると、年に一度の「長期他出」が許される慣習があります。ほとんどの修行僧は実家のお寺のお盆の手伝いのために、一時帰宅を申請するのです。
家族に会える、懐かしい地元に戻れる。まさに「地獄に仏」のような時間ですが、その申請用紙を勝ち取るためには、規律を司る堂行寮の古参和尚による、ランダムに出題されるお経を一字一句違わずに唱えるという「お経点検」を突破しなければならないのです。
私はといえば、日々の厨房仕事に追われ、胡麻豆腐を練りながら本気で「ドラえもんの暗記パンがあればいいのに」と願っていた身です。本当に合格できる自信なんて、爪の先ほどもありませんでした。
迎えた、運命のお経点検当日。
私の寝泊まりする菜頭寮は小庫院の更に奥。そこは広い永平寺の一番外端であり、業者の出入り口に近い地下1階にあります。
そこから試験会場である堂行寮までの道のりは、まるで処刑台へ向かう階段を一歩ずつ登っていくような心地でした。
薄暗い吉祥閣の長い階段を上り、受所の前を通り、絵天井で有名な傘松閣の脇を抜けて、僧堂へと続く長い廊下を進みます。
途中で古参和尚や役寮の老師方とすれ違うたび、一年生の私たちはその場に立ち止まり、すれ違うまで深く頭を下げ続けなければなりません。
緊張で喉の奥をカラカラに乾かし、心臓の激しい鼓動を抑えながら、ようやく辿り着いた堂行寮の前には、すでに青ざめた雲水たちが長蛇の列を作っていました。
列の最後に並び、張り詰めた沈黙の中、一人ずつ呼ばれて部屋の中へと入っていきます。
私の前の人の順番になりました。中から漏れ聞こえてきた出題は「参同契」。リズミカルな和文のお経で、比較的覚えやすいお経です。案の定、彼はつっかえることもなく、すらすらと滑らかにお唱えを終えて帰っていきました。
すると間もなく私の名前を呼ぶ声が響き渡ります。もう、腹を括るしかありません。
震える膝を必死に抑えながら敷居をまたぎ、試験官の前に合掌をしながら座ります。
……ふと目を上げると、私の前に座っていた試験官は――同じ秋田出身の先輩和尚でした。
その先輩は、ガチガチに緊張した私の顔を静かにじっと見つめ、やがて口を開き告げられたのは、「大悲心陀羅尼」――事前に提示されていた出題リストの中で、最も短いお経だったのです。
それとて必死に記憶の糸を手繰り寄せなければ声は続きません。
何とか唱え終わりはしたものの、当然褒められた出来ではありませんでした。普通なら「やり直し! 出直してこい!」と一喝され、部屋から叩き出されても文句の言えないお粗末さです。
ですが、その先輩和尚はただ静かに「うん、うん」と、深く頷き続けてくれたのです。
張り詰めた沈黙のあと、告げられた結果は――合格でした。
「毎日、忙しい中でよく頑張ったな」
言葉には出さずとも、その穏やかな眼差しがそう語りかけてくれているように感じました。
今も秋田でお付き合いをさせていただいている先輩です。あの時、必死だった私を「心」で救ってくれた恩は、忘れられません。
厳しさの影には、必ず誰かの慈悲が息づいている。
修行とは、単に理不尽に耐えることだけではなく、そうした「目に見えない温かな支え」に気づき、感謝するための時間でもあったのだと、今になって深く胸に沁み入っています。
合掌
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
あの時、試験官が見せてくれた「うん、うん」という頷きは、どんな立派なお説法よりも深く私の心に響きました。完璧であることよりも、必死に励むその過程を誰かが見ていてくれる。それだけで人は救われるのだと知りました。
さて次回は、手に入れた切符を胸に、半年ぶりに娑婆の土を踏んだ日のお話です。それまで夢の中でしか会ったことがなかった「小さな命」との出会いをお送りします。




