66「あの、勝手に私を使って説得力を出そうとするの、やめてもらえません?」
昨日、デルタとガンマの両名と一緒に朧煙商店街を訪れた結果、割と洒落にならない事実が発覚しました。私が戦った12000年前の「月の使者」と黒大理石との結びつきが、想像していたよりも強い。ベートーヴェン交響曲第五番『運命』がBGMとして流れそうなくらいにはバッドニュースですが、悪いことばかりでもなかったのです。
デルタの何気ない一言、私の冴え渡る機転と御影さんの知識が王道的コンボを決めて、今、古代「月の使者」に繋がる新たなる切り口が開かれようとしております。
それは、竜穂雲の緋竜木。
まあ現物はまだありませんし、きな臭い話は一先ず置いといて、本日金曜日は文芸部の活動日です。教室から早く解放され、デルタと野々島さんを伴って特別教室104に赴くと、後輩の横坂さんが鍵を開けてくれていました。机を部活仕様に並べ替えたのち、椅子にどっかり座り込んだ野々島さんが、溜息混じりに言います。
「月のオカルト縛りでお化け屋敷、意外としんどくない?」
「ですよねえ! やっぱりテーマ、変えません?」
「防人先輩、もう諦めましょうよ。新入生あんなにやる気なんですから」
出し物についての悩みに嬉々として同調し、さりげなく変節を促すも、すぐさま横坂さんに窘められます。まさかこの子から注意されるなんてとショックを受けました。横坂さんとは、文芸部のお絵描き組なる小さく密なグループでもう三年も先輩後輩をやってきてますから、基本的には阿吽の呼吸が成立するくらいの仲なんですけどね……(こだわり・フェチ・解釈が絡む時は頻繁かつ軽率に揉めます)。
すでに決まってしまった、デカい問題が発生したわけでもない大方針に後からグチグチ文句を付けるとか、自分でもみっともない真似だと分かってます。分かってますとも。ショボーン。
「でも、野々島先輩の言う通りではあります。満月の夜に変身する狼男、夜に躍動するイメージが強くて月と関連づけられることが多い吸血鬼。有名どころは、人をビビらせるだけのお化け屋敷に置いとくには格が高すぎる」
「そうなんだよね。そこで、サッキーをステージボスに据えたら?」
「狼男や吸血鬼の下っ端見回り扱いにも納得がいく……、イケるかも!」
「あの、勝手に私を使って説得力を出そうとするの、やめてもらえません?」
怖いイメージが着いちゃったらどうするんですか、この私の可憐な顔に。
大体、月如きに媚び諂って夜の片隅でワンワンバサバサする低俗無能な連中なんざ、下っ端にもしませんよ。見回りどころか、雑巾掛けすら不安ですので。ただただ不快なだけの害虫。見かけ次第、即駆除です。
「ベータはやはり、夜の無慈悲な女王」
「一日中慈悲マシマシな美少女なんですけどお??」
超有名SF小説のタイトルから月を連想せざるを得ない、さすがに看過しかねる比喩でした。失言を吐いたデルタは雑巾掛けの刑です。私はとても慈悲深いので、拭き掃除だけで許してやります。
横坂さんが、中腰床磨き女をチラ見しながら尋ねてきます。
「確か、八年前も月がテーマだったんですよね? その時にお化け屋敷で何したかとか分かります?」
「文芸部クラウドに資料が残ってましたよ。当時のお化け屋敷は、二転三転、右往左往、紆余曲折した挙句、月の光を浴びてゾンビ化した文芸部のクソ陰キャどもが、文化祭でも引きこもらずに出し物巡りする陽キャたちを怖がらせるとかいうアホみたいなコンセプトに行き着いたそうで」
「誇り高き自虐精神……! 尊敬します」
瞳を潤ませながら、虚空に向かって敬礼する横坂さん。どこに泣ける感動ポイントが? 私には、猫を噛めずに終わった窮鼠そのもののクソ企画にしか見えなかったのですが……。訝しみます。
学校支給のタブレットを使って、野々島さんと横坂さんに実際の資料を見せていると、中学一年生の新入りたちが、牧羊犬を後ろに控えた羊の群れみたいに雪崩れ込んできました。学年集会が長引いたせいで遅れたと、御影さんから代表して謝られます。部活の正式な開始時間である十五時半の五分前に来てくれたのですから、特に問題はありません。巻筒さんなんかほぼ毎回遅刻しますしね。
先輩の準備を手伝えなかったことに申し訳なさを感じたのだそうですが、動かない足をタンタン叩いて私は働いていないアピールをしたら、御影さんの後ろにいた新入部員たちは皆、じゃあいいかみたいな表情になりました。おやおや、この場にいる私以外の先輩さん、新入部員たちに舐められてますよ。
そして私は尊敬される側の先輩。途轍もない優越感を覚えます。この尊敬を維持するために、八年前のお化け屋敷企画みたいなクソアイデアでお茶を濁す醜態は晒せません。
今日の議題は、前回に引き続いてカフェのメニューです。私は普段自炊しませんが、中学三年間の文化祭に纏わる濃い経験で、料理の創意工夫には多少の心得が育まれております。中秋の名月の淡い黄色を饅頭の皮に施す、家庭科室でも出来そうな方法をプレゼンしました。自ら月に寄せていくなぞ、血涙レベルの屈辱ですが、頼れる先輩を演出するためには仕方ありません。
反応は上々。和菓子づくりのプロフェッショナル「月喜屋」の双子、此波・彼波姉妹にも褒めてもらえました。彼女らが抱いた細かな疑問点については、店主のお父様と相談されるそうです。素晴らしいフィードバックが期待されます。ありがたい話というか、恵まれすぎている感すらあります。
議論の着地は、饅頭に包める、魅力的でかつ保健所に怒られなさそうな餡の募集で穏やかに済ませます。向かいの特別教室102で先輩方と情報を共有して、今日の私の仕事は終わり。
「サッキー、食べ物では暴走しないよね。足を付けたら早くなっちゃうから?」
帰り際、戯言宣う野々島さんの頭へチョップをかまし、沈めます。奴が口走った軽い言葉遊びに、絵の節々に足を書き込む崇高な芸術表現への侮辱を感じ取ったからです。私が絵の客体に足を加えるのは、ものすごく簡潔に言うと、ソレに動的魂を与えるため。すなわち、肉付きの良いパワフルな足は躍動する命の象徴であり、いただかれて終わり行く食べ物に与えるのは違います。そんなことも分からない可哀想な脳みそをぶっ叩いて揺さぶったところで社会に悪影響はなく、むしろ、適切な修正の試みとして感謝されても良いくらい。
「これが一日中慈悲マシマシな美少女の所業?」
ニヤニヤ笑いのデルタから問われます。空振る手刀。逃げられました。衆目漂う学校で放てる程度の攻撃、さすがに見切られちゃうようです。人前じゃなければガラ空きの背中に衝撃波を飛ばせたのに。象も昏倒するようなヤツです。
「野々島さんは、私たちで女子寮の玄関に転ばせておきますので」
「え、いいんですか? 頼みます」
御影さんからの提案を素直に受け入れます。なんと気配り上手な聡い後輩なのでしょう! 感激で涙が溢れそうです。頭は悪い野々島さんも、こう見えて三年モノの熟練労働力なので、床に放置して風邪を引かれたら困ります。
彼女は続けます。
「それと、例のモノですが、明日の午後一時ごろに届きそうです」
「了解です。届いたらメールを送ってくれませんか? 盈さんとガンマ、デルタを伴ってお屋敷に赴きますので」
「車を出します。熊淵さんに頼んでガンマさんも拾っていただけたら」
「ええ、そうします。ありがとうございます」
寮の自室に戻り、月刊陸上から切り抜いたベストショット集を眺めて幸福に浸ります。遅れて帰ってきた盈さんから「きも」と言われました。私がキモいなんてあり得ないのでスルーします。
さて、学生と保護者の間で頻出するコミュニケーション、学校で何があったかを話すフェーズです。最も印象に残る記憶とは、怒りの感情を伴うもの。とりあえず、私を出汁にお化け屋敷のリアリティを向上させようと企てた野々島・横坂のアホっぷりを悪し様に罵りました。
「確かに都さん、朧煙の内輪なら有名な妖怪ですからねえ」
ともすればアホどもへの同調かと感じられる頓珍漢な返し。ゲージが溜まって台パンを繰り出しそうです。机が壊れて寮母ババアに怒られる? 車椅子に乗ってる系儚げ美少女の拳で壊れる方が悪いのでは?
私の苛立ちに気づいたのでしょう、慌ててフォローする盈さん。
「妖怪は妖怪でも、いざとなったら人間を守ってくれる慈悲深い妖怪ですよ!」
「しばきますよ?」




