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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第十二話 地を浸す 月の光

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「信じてなかったわけじゃないけど、ホントにヤバいもん追ってるんだ、『お月様係』。完全に、ファンタジーとかオカルトの類じゃない」


 朧煙の黒大理石は、古代「月の使者」がとても長い時間を掛けて仕込んだ外付けの肉体(・・・・・・)である。質問をきっかけに唱えた私の仮説──かなり正しいと確信を持っています──は、質問主の金岡さんが予め心に(しつら)えていた防波堤の高さを軽々と超えてしまったらしく、彼女は、ひどく悄然とした様子でボヤきました。新人さんみたいな反応だなあと、ある種の感心を覚えます……、実際に、彼女は鵜飼さんの下に配属されたばかりとのことですが。恐らく盈さんと同年代か少し下、私よりは明らかに年上なのですけども、界隈の常識に慄く後輩を見守って、生暖かい気持ちが湧いてきます。

 それはそれとして、「月の使者」の力をファンタジーやオカルトとカテゴライズして思考停止に陥るのは良くありません。万能な魔法ではなく、たった一つの例外を除けば基本的に地に足のついた力。条件さえ揃えば普通の人でも対処出来る可能性があるということは、鵜飼さんの仲間になるなら、肝に銘じておいて欲しい事実です。

 故に補足します。


「『月の使者』のオカルティックな部分は、『発受信体(ラジオ)』という器官が右胸に備わっていて、それによって、肉体の疲労が限界に達するまでなら自由に震動を生成出来るという所だけです。他はすべて地球土着の物理法則に従っております。普通の人たちと同じく」

「信じるなよ金岡。他の使者は知らんが、防人都は謎器官取っ払っても人外のままだぞ。無限に震動を生み出せたからと、こいつの決め技のメカニズムを科学で解明出来るとはとても思えん」


 鵜飼さんが口を挟んできました。車椅子がなければ満足に動けない可憐な女の子に対して潜在的人外などと、好き勝手吹聴しやがりますね。怒りでわなわな震えます。下半身が不随でなければ反射でぶち転がしてたところです。


「決め技! 必殺技ということですか!? どのような技なのでしょうかっ」


 これまで黙っていた御影さんが、突然興奮して叫び始めます。友達と遊び回る馬の足取りを彷彿とさせる、弾んだ声音でした。瞳に渦巻く子供っぽい好奇心に、思わず毒気を抜かれます。

 祖父の黒乃さんが、「こら御影」と(たしな)めます。しかし鵜飼さんは、「構いませんよ。このくらいの子が興味を持つのは当然のことです」と、笑って少女を庇いました。


「防人都が瞬間移動したかと思ったら、進路上の物体が極小単位で分解されている。目を疑う光景だった。俺は度肝を抜かしたよ、お嬢ちゃん。見学するなら、事前にバトルアクション系のフィクション作品で予習しておいた方が良い」

「そ、それほどまでに荒唐無稽な」

「最強キャラの絶技に驚くモブだと自らを客観視出来れば、衝撃は緩和されるはずだ。夜も眠れなくなる事態は避けられるだろう。対防人都マニュアルの、かなり上の方に書かれている鉄則だ」

「私の扱いにマニュアルがあるかのような言い方はやめてもらえません? ヤバい上司じゃあるまいし」

「ヤバい上司だと? 自分の脅威を矮小化するような比喩はやめろ防人都! その程度の存在なのかと鵜呑みにする馬鹿が死んじまうだろうが!」


 マジトーンで叱られました。解せません。死ぬのはあなたです。


「なぜ睨む防人都? 怖いぞ。まあいい、本筋に戻らせていただこう。黒乃翁、黒大理石の産出、あるいは埋蔵量の分布に関する資料はありますかな?」

「採石場の付近であれば精度の高いデータが、それ以外でも新たな採掘候補地を見定めるために概測を取った所は手元にあります。すぐに用意出来ます。しかし、街の起こりから居住区だった場所、例えば商店街を含む一帯はほとんど調査が行き届いてません。また、1960から70年に掛けて開発が進んだ学区の方も、古い記録しかありません」


 街の地図を思い浮かべつつ、意見と要望を述べます。


「鵜飼さんの予想通り、黒大理石の埋蔵量は、古代『月の使者』が振るえる力を大きく左右するでしょう。そして、奴は恐らく、隠れやすく食糧も調達しやすい人の多い街中に潜伏しております。居住区の地下について信頼出来る最新のデータが欲しいものですが……、難しいですか? 黒乃さん」

「いいえ、取れます。黒大理石の包括的な分布調査には、弾性波を人工的に作り出し、その伝わり方を解析する方法が非常に有効です。黒大理石を通る波動は、非常に特殊な屈折と反射を見せますから」

「ええ、でしょうねぇ。『発受信体(ラジオ)』生成の震動に慣れた物体は、他所(よそ)様からの振動には抵抗や拒絶を示すようになると推測されます」

「昔でしたら、人工的な弾性波はダイナマイトで発生させたので、市街地で気軽にやるわけにはいかなかったのですが、現在は代わりの方法があります。大きなハンマー、バイブレータに油圧インパクタ、エアガンとかを使って。静かにこっそりは難しいです」

「データが取れるならば重畳です。期間はどのくらいかかりますか?」

「我々の親戚筋が運営する会社なら、準備に二週間、現場調査に二十日、原データの解析と情報の取りまとめに十日で、一ヶ月半は必要でしょう。大掛かりな調査ですし、全国レベルで競争する企業ではありませんから最速ともいかず、すぐには用意出来ません。ただ、黒大理石の特異性はよく分かっている連中です。突然の依頼に戸惑って喚いたり、結果を外部に漏らしたりはしないと保証します」

「素晴らしい! 沈黙は金です。野次馬根性丸出しの第三者と余計な軋轢を生まずに済みますからなあ」


 鵜飼さんが嬉しそうに頷きます。言葉には実感が伴っていました。盈さんから聞きましたが、鵜飼さん率いる「お月様係」には、違法プロジェクト「月嫡再臨」の一端をどこからか聞きつけて妄想を膨らませた暇な変人がしばしば突撃してくるらしく、対応に苦慮しているとのこと。バチが当たってるんですよね。私を凶悪な化け物扱いするから。いい気味です。

 脳裏で人の不幸を嘲笑いつつ、黒乃さんから提示された一ヶ月半という所要時間を吟味します。弾性波、つまり震動による大規模調査を、12000年前の「月の使者」から隠し通せるはずがない。問題は、一ヶ月半という期間で、奴が有効な反撃手段を取り得るかどうかです。先ほど私の決め技に言及がありましたが、奴はそれによって、震動励起に不可欠な月のエネルギーへのアクセスを現在はほとんど失っています。加えて、仮の核に無理矢理肉体を引っ付かせるあの状態の維持が安く済むとは到底思えません。灼熱の日差しに晒されかつ流水も絶たれたダムの水位は、五十日弱で回復可能か。

 あの化け物を以ってしても無理です。データの準備はネックにならない。


「やはり、問題は奴の居場所をどう探るかですね。固有フィールドの内装情報を抜けたところで、ご本尊の在処の特定に時間がかかりすぎればほとんど無意味です。奴は、半年あれば意地でもコンディションを整えてきますよ」

「足元の石模様は、潜伏先の絞り込みにも使えるだろう?」


 鵜飼さんが尋ねてきました。一応首肯します。


「はい、ある程度は有用だと思います。だからと言って、データが出るまでの一ヶ月半を待ちに徹するのは勿体ないでしょう? 盤面を引っくり返す革新的な一手は思いつきません。だから、しばらくは泥臭く行こうと思ってます。私と、あとデルタとガンマで、朧煙の街を巡回するのです」

「他の『ルナ・チルドレン』に協力させるのか?」


 鋭く問われます。鵜飼さんの声音には、茶化すような雰囲気は一切なく、明確な危惧と不信感が込められていました。歓迎していないどころではない嫌悪の情に、ムッとして言い返します。


「何か問題が? 彼らは被害者ですよ。そして、これ以上の犠牲を出さないように事件の元凶について調べようとする、善良な子供たちです」

「……お前が納得しているならいい」


 私の意思を尊重しているようで、不服さが垣間見える返事。解放された撃鉄によって怒りの雷管が叩かれそうになる、つまりカチンと来そうになりましたが、こちらをジッと眺める御影さんの視線に気づき、抑えます。警察が疑り深いのは当たり前のこと。冤罪を被せて罰を受けさせようというのでもなし。冷静に考えて、鵜飼さんの態度は職務と職権の分を越えたものではありません。


「あの、私からよろしいですか。防人様」

「はい。なんでしょうか、黒乃さん」


 ちょうど良いタイミングでした。苛立ちの要因から距離を取るべく、黒乃さんからの質問に集中します。


「黒大理石から切り出して作った石細工もまた、朧煙の地を化け物の領域(からだ)たらしめる、その、小ユニットの役割を果たしておるのでしょうか」


 重要な問いでした。背もたれに深く体重を預け、思索に没頭します。車椅子に施した調整──ガンマが呼ぶところの「月喪神(つくもがみ)」化を、大地に散らばる相性の良い鉱物に広げた時、成長した私ならどれくらい強く支配権を保っていられるか? のシミュレーションを行いました。


「……朧煙の外に出た分はまったく問題になりませんが、中で出回っている物については、頑張れば繋げられないこともないと予想されます。まあでも、常に張っておくのは絶対無理ですね。『月の使者』が生成する震動に最適化された状態から、意思ある干渉によって形を変えられてしまったわけですから、力の通りはかなり悪くなっているはずです。今の弱った奴では、自分のマス扱いは出来ないでしょうね。念の為、後で見せていただけませんか?」

「分かりました。七十を過ぎた老人が十五、六の若人に聞くことではないかもしれませんが、もう一つよろしいかな」

「ええ、もちろん」

「石黒家はこの三百年間、台地の奥に住まう化け物と共存し、彼のモノから多くの利を得てきました。我々は、悪の手先だったのでしょうか?」

「いいえ」


 今度は即答します。

 右胸の、大嫌いな月に連なる「発受信体(ラジオ)」に手を当てながら。


「使えるカードがあることに、善も悪もありません。ただし、呑まれぬ限りはの話ですが」


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