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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第十二話 地を浸す 月の光

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 文化祭カフェのメニューに関する最初の話し合いから二日。ゴールデンウィーク真っ只中、そうでない可哀想な方以外は安息の日曜日ですが、生憎と用事があります。私はこれから石黒邸に行かなければいけません。

 粛々と準備を終えて、迎えが来るまでの間ぼんやりしていると、保護者でありかつ本日の同行者でもある盈さんが尋ねてきました。


「居場所の手がかりはいただけましたか? 御影さんから」

「何にも。相手は元祖『月の使者』。弱らせましたがなお一級の超常存在、そう簡単にはいかないでしょう。石黒の網と、私が描いた似顔絵を以ってしても」

「……絵に余計な足とか加えたりしてません?」

「失敬な! 御足(おみあし)添えるモデルは選びます! 誰があんな奴にっ」

「さよですか」


 ピーと音が鳴ります。備え付けの受話器からです。寮監室からの呼び出しでした。寮母ババアなら一階の私たち相手に普段使わない機能で、無遠慮に扉をガンガン叩いてきます。石黒家からの使いは、代行の方が対応してくださったのでしょう。休みでも取ってんですかね寮母ババア。天下のゴールデンウィークですから、気持ちは分かりますけども。

 熊淵さんによる三十五年モノの運転テクは相変わらず凄まじく、十五分にも満たないドライブで寝そうになりましたが、どうにか、着くまでのシャットダウンを回避出来ました。座って寝ると、唾液で服を汚してしまうんですよね、私。外から見たらお茶目で可愛らしい一面なのでしょうが、本人的にはノーサンキューです。

 初回に訪問した時と同じ客室に案内されます。ザラッとした繊維が鈍く光る、高級そうな和紙の張られた襖が開かれました。部屋の中では、デカく、ゴツく、そして(いかめ)しい雰囲気の男と、お調子者の猫っぽさが漂う知らない女性が、ゆるりとリラックスした様子でソファに座っておりました。

 男の方に挨拶されます。


「よう。四日ぶりの盈と、久しぶりの防人都」

「おはようございます、鵜飼さん。早いですね。そちらの女性は?」

「盈には紹介したはずだが、お前は知らないか。お月様係に新しく加わった刑事の金岡だ。銃の扱いが上手い。よろしくしてやってくれ」

「どうも、シューティングマイスターの金岡です。よろしく、香月瑠奈ちゃ──」


 唐突にその名(・・・)で呼ばれて、何の準備もしていなかった私の心は、一切の震動を許さぬ絶対零度までに冷えました。瞬きせずに睨みつけます。


「金岡さん。私は防人都です。都とお呼びください」


 無視出来ないくらいには長い時間、彼女は硬直してしまわれました。呼吸を取り戻すが否や、瞳を潤ませ始めます。


「悪いな。NGを伝え忘れていた」


 鵜飼さんがそう、ぞんざいな口調で言いました。少しも悪いと思ってなさそうです。私のありよう(・・・・)に変化がないかを観測するため、金岡さんが私の本名を呼ぶように敢えて誘導した疑惑すらあります。きっと鵜飼さんは、立派な筋肉を手に入れるため差し出した交換材料に、人として持つべき配慮の気持ちが含まれていたに違いありません。盈さんはどうしてこんな、鉄筋みたいな足だけが取り柄の失礼な野郎を好きになったのか、会う度に不思議になります。

 金岡さんは、指でゴシゴシ涙を拭い、ソファの前の机に置かれた和菓子を一つ食べました。沈んでいた表情が一気に明るくなります。自らの単純さを知り、その単純さを利用することに躊躇いがない。セルフマネジメントが得意な人なのかもしれません。

 再び襖が開きました。石黒家当主の黒乃さん、孫娘の御影さんの登場です。


「お待たせして申し訳ありません。息子との話し合いが長くなりまして」

「お気遣いなく。このような風流な場所なら、何時間でも待たされましょう」


 詫びる家主に対して、悪い組織のボスみたいな男が、意外にも温和な調子で応えます。鵜飼さんと知り合ってもう七年になりますが、初めて見る柔らかな物腰です。笑いそうになりました。


「盈から聞いたと思いますが、石黒家が先祖代々祀っていた化け物は、我々『お月様係』が追う事件の、諸悪の根源です」


 前置きなくいきなり切り出す鵜飼さん。せっかちです。直前の「何時間でも待つ」発言、絶対に嘘じゃないですか。こんな野蛮人にも処世術ってあるもんなんですねぇ、一応は。


「我々は、一刻も早く化け物を始末しなくてはならんのです。他の事件関係者全員を出し抜いて。そもそも、現代人とはまったく異なる価値観を持つ古代の超人が、手錠も足枷もなく人の街を彷徨いている現状は、警察として看過出来ません」


 黒乃さんは深く頷きました。


「ええ、同意します。こちらも全面的に協力させていただく構えです。防人様を巻き込んで、眠る虎を起こしてしまったことへの贖罪の意味でも」

「軽率ではありましたな。しかし、結果的に悪くなかったと思っています」

「……? 何故でしょう」

「こちらが持つ最強のカード、防人都が古代の使者に通用すると確認出来た。他の事件関係者らが想定しているだろう盤面を混乱させられた。この二つが理由です。後者は不確かな憶測を含み、まだ詳しく話せませんで。ご容赦を」

「いえ、事前にいただいた資料だけで、背筋が寒くなってまして……。踏み込みすぎれば、夜も眠れなくなる以上の危険があるのでは?」

「はっはっは。黒乃翁は賢明ですな」


 豪快に笑う鵜飼さんは、極秘の取引を成立させたマフィアのボスにしか見えません。御影さんも、澄ました表情を取り繕っていますが、明らかに怖がっております。屋敷近隣の住民に、石黒家がヤクザと繋がったと誤解されなければ良いのですけども。


「さて。今からは、化け物捜索含む事件の調査について、防人都と直接相談したく。黒乃翁と御影嬢には協力者として隣で聞いていていただきたい。化け物の話は、同じ化け物にしか分からないことも多い故」

「誰があんな奴と同じ化け物ですって? 鵜飼さんは何も分かっていない。ちょっと私の可憐さについて説教させていただいてもよろしいですか?」

「Bボタンでキャンセルだ。後でパン屑で集めた鳩にでも語っておけ、鳥獣保護法違反で逮捕してやるから。では質問する。都の能力で、古代使者の位置を探知出来たりしないか? 例えば、戦艦のレーダーみたいな要領で」

「そういう技能もなくはありませんが、近距離限定ですね。そして、純粋な出力ならともかく、悔しいですが、力の基礎的習熟度合いなら奴の方が圧倒的に上ですよ。この身で味わいましたけども、万年プレイヤーは伊達じゃありません。私からの探知は近距離ですら妨害されるでしょうね。逆に奴からは、私たちが朧煙のどこに隠れていても位置が筒抜けであると想定してください」

「うわ、厳しいなそれ」


 眉根を歪ませて呻いたのは金岡さんでした。「どういう立場としてでしょう?」と尋ねると、「狙撃手としてかな」と即答されます。確かに、常に位置を捕捉されていたら、貢献力が半減以下になってしまうポジションです。人の揉み合う市街地戦で、奴の思考リソースのほとんどが私に振り向けられているような、極めて限定的な状況でしか役立ちそうにありません。で、そういう場面に持っていく方針は、無辜の一般人を巻き込んでしまうため却下です。

 鵜飼さんの骨張った親指が、彼の耳上に押し当てられました。


「古代使者にサーチされる範囲を朧煙に限定する理由は?」

「朧煙は、古代『月の使者』の固有フィールドなのですよ。奴は長い年月を掛けて、地下の鉱物に自身の力を染み込ませ、この一帯を自陣化させたと思われます」

「っ!? まさか、その鉱物が黒大理石!?」

「仰る通りです、黒乃さん」


 ショックを受けて叫ぶ石黒家当主へ、淡々と首肯を返します。彼は呆然と天を仰ぎました。しばらくそうしてから、ソファに背を預け、眠るように瞼を閉じられます。沈思黙考の姿勢です。


「あのお。『力を染み込ませる』っていうのは、どういう風に理解したらいいのかな? 都ちゃん」


 金岡さんに尋ねられました。「新人教育のつもりで教えてやれ」と、鵜飼さんから茶々を入れられます。簡単に言いますが、金岡さんの質問対象はかなり感覚的な事項で、この私ですら言語化に苦労します。

 いつもより慎重に話します。


「粘土は捏ねれば自由に形を変えられますよね? 大抵の場合、粘土には遠く及びませんが、すべての物体には幾らかの可塑性があります。私たち『月の使者』は、原子レベルまで干渉出来る震動励起能力で以って、人体一つでは到底届かない物体の可塑性にアクセスし、その形状を変えられます──まあ、粘土の成形と同じく、適性はありますがね。で、望みに即してのトランスフォームは、最初は苦労するのですが、同じ物体に何度も変形を繰り返させると、こちらが作業に慣れる以上に、物体側も覚えてくれるんですよ。その結果、簡単な信号を送れば物体の方から変形してくれるようになるのです。あたかも生きているかのように」


 金岡さんは難しい表情で、理解しようと一生懸命に頑張っていました。

 百聞は一見に如かず、実演します。車椅子を歩行補助用ロボットに変えて、動かない足に纏わせました。立ち上がり、一気に高くなった目線で、ギョッとする金岡さんを見下ろします。


「ある物体に対してこういう芸当が出来るようになることを、『力を染み込ませる』と表現しました。たった七年間で、私は自分の車椅子を体の一部、自分の足であるかの如く扱えるようになりました。果たして、12000年もあったら?」


 車椅子の変形を解きました。座面に腰を委ねます。

 鵜飼さんに向き直りました。先ほどの私の発言、朧煙が古代『月の使者』の固有フィールドであるとは、この一帯を自陣化したとはどういう意味なのかの説明も、金岡さんへの回答と併せて行っておきます。


「奴にとっての黒大理石は、足よりずっと自由な(にく)であってもおかしくないのです。あるいは、手よりも、目よりも、口よりも、鼻よりも、耳よりも、肌よりも、神経よりも、脳よりも。地下に黒大理石がひしめく朧煙は、まさしく、奴の自在な領域(からだ)なのだと、そのくらいは想定すべきです」


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