表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第十二話 地を浸す 月の光

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/64

57


「高校生も、二日くらい有休取れたらいいのにねぇ」

「ノノ。言いたいこと、すごく分かる」


 予鈴ギリギリで教室に現れた野々島さんが、私の席に近づきながら発した願望に、隣のデルタが空かさず同意しました。本日は四月三十日、すなわちゴールデンウィークの中日(なかび)、勤勉な私ですら登校に怠さを覚える日でございます。出血大サービス昭和の大四連天とか名付けて、四月二十九日から五月二日までを纏めて休日扱いし、GW後半とスムーズに接続してもらいたいところですが、叶わぬ夢を口にしても虚しいだけです。野々島さんの主張には、一つの首肯を返すに留めました。

 やる気のなさそうな二人に言います。


「二人とも、明日の放課後に部で話し合いますので、文化祭の出し物についてだけはちゃんと考えてくださいね。授業は諦めちゃっていいので」

「諦めを促さないでください」「痛っ」


 頭に尖った固体が当たり、物理的な衝撃が走ります。実のところ、別に痛くはなかったのですが、レモンの果肉をそのまま齧って口を窄めてしまう類の反射が働き、小声で叫んでしまいました。見上げると、黒いケースで覆われたタブレットがありました。その角をぶつけられたようです。

 タブレットのケースはとても新品と宣える状態ではなく、端々が捲れて汚らしい。プリントや本を抑える文鎮代わりに使ったり、うちわみたいに仰いだり、人の頭をぶったりみたいな用途外目的で使うから劣化が激しいのです。不届き者は、クラス担任にして私の保護者の盈さんでした。

 彼女に対して、プンプンと擬音が付きそうな可愛らしい調子で怒ります。


「ちょっと、これは体罰じゃあないですか? 令和じゃコンプラ違反です」

「あー、ごめんなさいねえ。私の教師用タブレット。なんて可哀想なのでしょう、ガーゴイルみたいな女の石頭に叩きつけられて」

「誰が怪物の彫刻(ガーゴイル)じゃゴラ」

「月の石製?」「なんですって?」


 デルタが行った原材料の推定は、私にとって極めて不愉快なものでした。ただ衛星というだけで数多にある他の星々を押し退けデカい顔で夜空に君臨するあん畜生、そんな小物の係累と見做されると実に腹が立ちます。

 野々島さんの背後にサッと身を隠すデルタ。


「ちょっとタマ。あたしを盾にしないでよ。サッキー相手じゃ一秒保たない」

「逆に一秒も稼げるの? 0.01秒保てば上出来」

「ゼロコンマ単位で行われるハイレベルな攻防戦に巻き込まないでくれる!?」

「障子が喚いてますね」

「うわーん簡単に破られちゃうよお!? ミチル先生、あたしを守って!」

「えぇ……」


 盈さんは、すごく嫌そうな顔をしました。

 四月三十日木曜、並びに五月一日金曜の授業は、する側される側双方ともにどことなくダレたムードのまま進行され、締まりなく終わりました。続いて部活のお時間です。以前も話した通り、文芸部は文化祭で本気を出す陽(あるいは脱陰)キャ集団であり、毎年のお祭りで、怪異研究の資料展示、お化け屋敷の運営、妖怪ファンタジー系の同人誌の販売、ホラー系喫茶の経営を同時並行的に実施します。アホです。いえ、アホでした(・・・)。過去形になったのは、去年まで二十人弱の部員でこれらの企画を回していたのが、今年は入部者が爆増し、六十人体制で事に当たれるようになったから。無論全員が真面目にやってくれるとは思いませんが、例年と比べて労働力にはだいぶ余裕があります。

 四つのプロジェクトのうち、真っ先に話し合われるのはカフェです。企画の中で一番の稼ぎ頭であり、ここでどのくらい売り上げられるかが来年度の文化祭予算に直結するため、早期から真剣に煮詰める必要があります。また、文化祭がある十月中旬の三ヶ月前ぐらい、つまり夏休みに入るまでに保健所に臨時営業の申請を出しておけば、朧煙では許可が出やすくなります。例を挙げると、扱いを間違ったら食中毒の温床になる生クリームを使用するにもかかわらず、手作りミルクレープとかなら、保健所スタッフ直々に(あらた)められた家庭科室で、厳正に審査された調理プロセスに従って生産する場合には販売可能になります(あくまで朧煙では、の話です)。まあ、工程が複雑な洋菓子、例えばいちごショートケーキなどはさすがに却下されるでしょうが。


「秋のお月様をイメージしてマロンカスタード饅頭を作ってみました!」

「ぜひ試食してください、防人先輩、野々島先輩!」


 部員が三倍以上になって新しく使用が認められた、特別教室104に入った途端のことでした。少女二人に詰め寄られ、皮がほんのり黄色掛かった、美味しそうなお饅頭を手渡されます。彼女らの名前は月喜(げっき)此波(これは)と月喜彼波(あれは)で、一卵性の双子姉妹。中一の新入部生にして、どら焼きが美味しい和菓子屋「月喜屋」の娘さんです。

 びっくりしました。もう試作品まで用意したのかと。促されるまま、お饅頭に齧り付きました。濃厚な栗と卵黄の甘味が口の中を支配しますが、香り高く上品な皮のおかげで秩序正しくまとまっていて、さほどくどくありません。エスプレッソで濃さ対決をするか、アメリカンで爽やかに洗うか、どちらでも高い満足感が得られそうです。


「どうです先輩」「メニューに出せそうです?」

「もちろん。むしろ、文化祭のカフェで出すには贅沢すぎるほどです」


 月がモチーフでさえなければ最高だったのですが、言わないでおきます。新入部員たちの強い希望で今年のテーマを「月」としたのですから、彼らのやる気を削ぐ発言は出来るだけ控えるべきです。

 いくら私が、生粋の月アンチであったとしても。


「しかしこのお菓子、お二人だけで作ったものではありませんね?」

「バレちゃいました」「パパにかなり手伝ってもらいました」

「文化祭は生徒のお祭りですから、本番では私たちだけで作る必要があります。まあ、これほど完成度が高い必要はありません。あまり気負わないでくださいな。栗はシーズンになりますし、腕が未熟でも美味しく作れるでしょう。問題はもう一つあって、こちらの方が重大です。カスタードクリームは生クリームよりさらに傷みやすく、保健所の許可が下りない可能性が高いです」


 此波ちゃんと彼波ちゃんは、二人並んでキョトンとします。初めてですからねえ、当然の反応でしょう。中高生が飲食店の真似事をする際には、越えなきゃいけないハードルがたくさんあるんです。あるいは、「月喜屋」という実力の高い和菓子店のお子さんだからこそ、逆に、衛生管理の難しさが想像しづらいのかもしれません。


「えーサッキー、許可出ないの? これすごく美味しいのに、もったいないよ! なんとかならないのぉサキえもん?」

「まったくもう。大変なこと言ってくれるなぁ野々太くんは。こんな時には、テッテテーン! 石黒家の権力ぅ! どうです御影さん、なんとかなります?」


 集まってきた部員たちの中に御影さんがいたため、雑に丸投げしました。すると、いきなり面倒な課題を押し付けられたにもかかわらず、びっくりするくらい嬉しそうに笑います。キラッキラの笑顔です。少し怖いです。


「月喜屋は学区経営ですので、石黒の派閥外ですが……、他ならぬ防人様の頼みですから絶対に通してみせます! 保健所くらいチョチョイのチョイです!」

「あ、はい」


 かなり怖いです。乾いた返事しか出来ませんでした。

 十五時半になりました。元々の活動拠点、特別教室102の方では、巻筒さんの遅刻癖が仇となっているのかまだ動きがないものの、104側ではカフェのメニューに関する意見の収集に入ります。部屋に四十人ほどいる部員のうち八割は中一の子たちです。試作品まで準備してきていた子はこれあれ姉妹(「月喜屋」双子の此波・彼波さん方のことです)だけだったのですが、他の新入りたちも、熱意では双子に負けていませんでした。我も我もと積極的に発言するため、黒板はどんどん文字で埋まっていきます。

 やる気に満ちていて素晴らしい。それはその通りなのです。しかし、はっきり言って不気味でした。確かに、新入部生たちの意気込みを察して、いきなり意見収集から始めたのは私なのですが、本来であれば、文化祭で開催するカフェについて、去年までどんなメニューを出してきたかの説明から入る予定だったのです。で、本校文芸部の狂気を知らずにノコノコ入部してきた陰キャたちに芽生えかける「へぇ文芸部って毎年カフェやるんだぁなんか準備始めるの早くね?」という違和感を、パイセンたちの甘く緩いフォローで潰す、までが恒例行事でした。

 皆さん、どうしてこんなに張り切ってらっしゃるのかしら。理由は、分かりたくありませんが、火を見るより明らかでした。テーマである「月の神秘」が、空前の社会的ブームを巻き起こしているからです。クリエイターやインフルエンサー、俳優声優、大企業の広報から政治家まで、表に露出する人たちのほとんどが、月の神通力にやられてメロメロになっています。クソみたいな世界とはまさにこのことでしょう。

 中一の新入りたち、加えて既存の部員たちも、自分の意見と月との関連性について喋る時、(まなこ)をギラギラ輝かせます。実に不愉快ですが、負の感情を面に出さないよう努めます。月嫌いは私個人のこだわりでしかなく、祭りでは、少数の反発よりも多数の幸福が優先されるものです。全員が楽しめることが理想ですが、理想は理想。今回は、私が我慢する側なだけ。

 気に入らないテーマであっても、その音頭ではしゃぐ人々の姿を想像すれば、自然と心が和らぎます。だから許せる。ええ、許せますとも。耐用年数を彼方へと置き去りにした白熱電球にも光の量で劣る月なぞ、せいぜい話の種としてバクバク消費されて、あっという間に飽きられるぐらいがお似合いです。


「梨であれば、石黒の伝手で最高級品を安く調達出来ます。十月であれば旬ですし、ついでに色も月らしさがあります。梨のシャリシャリ食感は、石の名を冠する石細胞に由来するという知識を広めて、お客様と一緒に石のご利益に与りましょう! 他にも、梨そのものを素材にして、タイ式果物彫刻(フルーツカービング)に挑戦するのも──」


 御影さんは通常運転で、ちょっと安心しました。

 梨は腐りやすいから絶対に許されない? 権力者の娘(みかげさん)のご提案なら、まあ……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ