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ルナ・ベータ  作者: オッコー勝森
第十一話 月の背中 覗き見て

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「イータは?」


 そう尋ねると、ガンマから「彼は用事があって」と返されました。死亡などの物騒な理由で欠席しているわけではないらしく安心します。しかし皆が皆、気まずそうな表情であらぬ方向を眺め始めて、イータに関して何か隠し事があるのは間違いないです。もしかして……、私の前にお出し出来ないレベルでグレてしまったとか? ヤクザ座りしながら飲酒喫煙に励む、パンキーな衣服に身を包んだクソ生意気っぽい金髪カラコンのガキが想像されました。そっとしておいた方が良さそうです。


「此度の再会、心の底から嬉しく思います」


 集まってくれた七人──最後の記憶から七年分成長した彼らの姿を一人ずつしっかり認識して、自然と頬が綻びます。失敗した実験の産物、暴走する月の紛い物(・・・・・)を討ち滅ぼした自信を持てず、従って諦めかけていた命の証が、こうして輪になって並んでいる。どんなにラグジュアリーなネックレスよりも価値ある光景です。目頭は熱く、鼻の奥はむず痒く、喉もビリビリ痙攣しそうになります。大雨去った後の河川みたいな体液の濁流は、気合と根性でどうにか抑えました。現実世界では不可能な芸当ですが、サイコロジカルな仮想世界が故でしょう、耐えに成功します。


「この喜びを祝して、みんなにハグと頬擦りをかましたい……」

「よしきたベータ姉! まずは俺から!」

「……ところですが、イプシロンとゼータは汚いのでやめておきましょう」

「ひでえ!」「嗚呼、かくも傲慢な女尊男卑の精神よ」

「僕は、恥ずかしいからやめておこうかなぁ」

「ガンマは照れ屋さんですね。ではアルファから」

「私もパァス」


 パスされました。驚きの余り硬直します。私、格調高き美少女ですよ? 同性であっても、いや同性だからこそ照れをなくして、触れる時には触っとこうと思いません? 嫉妬ですかね。仕方がないので、シータとイオタにだけサービスしておきます。デルタから「私は?」と問われました。「日常的に会ってるでしょうが」と断ったように見せかけた直後、抱き寄せます。オマケです。

ルナ・チルドレン(きょうだいたち)」を二度と失いたくない。バーチャルとはいえ顔を合わせたからでしょう、その思いは一層強まります。明言はされていませんが、今宵のテーマは、我々の命を容易く手折り得る明確な脅威、12000年前より蘇った元祖「月の使者」に対する協力体制の構築であるはずです。まあ、アホ疑惑がいよいよジャージー牛のミルク並みに濃くなってきたデルタが主宰だそうなので、単にバーチャルワールドを自慢したかっただけ説も否定出来ませんが。

 漫然と歓談して旧交を温めたい気持ちは山々とあるものの、夜は既に遅く睡眠に障りかねないために、メリハリは付けておきたいところです。左掌に顎を乗せてきたイオタのほっぺをぷにぷにしながら、議論の口火を切ります。


「私が古代の『月の使者』を逃がしてしまったのは聞いてますよね?」

「ええ。私たちも、彼女を捕まえることに異存はないわ」


 頷きながら、「逃がすまでの経緯(いきさつ)も知りたいところだけれど」とアルファは付け加えました。デルタには伝えましたが、そのメッセンジャー能力を信頼出来ないのは確かなので、私からも直接説明した方が良いでしょう。朧煙の名家である石黒家より化け物調査の依頼を受けた場面から始めます。

 しばらくして。


「……──しかしっ! 奴は私の焦りを見抜き、最後の力を絞って白雷の光線を閃かせ! 私が躱したそれは、分厚い黒大理石の壁を貫き、暗く閉ざされし採石場を、開けた山肌と繋ぎます。情けなくも奴は、小さなモグラのように穴を這って逃げてゆく。追いかけるべく踏み出した足、ですが時間切れでした。元の車椅子に戻り、私は宙に放り飛ばされ! 奴が作った小さな道を、ただただ、睨みつけるしか。強く睨みつけるしか、出来なかったのでした……」

「お……、お……。うおおっ! 手に汗握る主人公と宿敵の初バトル! 長きに亘る因縁の戦いが幕を開けるうう!」


 語り終えると、ゼータが咽び泣きながら、惜しみなき拍手を浴びせてくれました。相変わらずの聞き上手と言うか、彼が要所要所で良い反応を示してくれるものですから、つい語り部として熱くなってしまいました。事実だけを淡々と列挙していくだけのつもりだったのに。

 私を照らしていたスポットライトが消え、部屋全体が明るくなりました。気を利かせたガンマが光量を調整していたようです。彼に問います。


「私、何分くらい喋ってました?」

「二時間ぐらい?」「マジですか。メンゴです」

「もう夜も深いのに。ガンマ、あんたが止めなさいよ。ここのオーナーでしょ?」


 短気なアルファに嫌味なクレームを付けられて、ガンマ(オーナー)がシュンと項垂れました。悪いのは明らかに私なのですが、年金と同様に責任は分散した方が軽いので特に庇わず、成り行きを静観します。「面白かったしいいじゃん」「面白かった!」と、シータとイオタから嬉しい援護が為されました。強力な味方です。語り部業界は基本的に「面白ければ正義」なので。

 問題は、ここは業界ではないということです。


「面白いものに夢中になって夜更かしとか典型的な愚行でしょ。もう0時前! 私たち育ち盛りの子供は寝る時間なの。大人になってもちんまりした『月の使者』なんて認められないんだから! 威厳は大事なのよ」


 眦を吊り上げながら怒鳴るアルファ。「月の使者」の大小に関する彼女のこだわりはともかく、前半は正論です。夜更かしの睡眠不足は成長ホルモンの分泌を妨げ、身体的並びに精神的な発達を阻害すると考えられます。文芸部にも夜型のチビは複数います。もちろん、一人は野々島さんです。

 萎縮するイオタとは対照的に、シータは口を尖らせて反抗します。


「アルファ姉が自分の低身長をコンプレックスにしてるだけじゃん」

「150はあるから! あんたも同じくらいでしょ」

「私は別に小さくてもいいもーん。そもそもアルファ姉が悪いんだから。サイコスピーカーナルシストなベータ姉に、全然疲れてなくて余裕のある初手、序盤も序盤の段階から、本人主観の見聞について迂闊に質問したのがダメ」

「ぐっ、それはそうなんだけど」

「それはそうなんですか?」


 キョトンとしながら尋ねました。無視されます。


「でも、それはそうなんだけど、あんな長々脱線するとは思わないでしょ! 文芸部の大量入部とか、石黒家お屋敷の豪華さとか、夏端さんの駄メイドっぷりとか、その下りいる? って所ばっかりだったじゃない」

「無駄を穿ってみるのも意外と大事なんだぜ。ピロートークなら」

「女が出てくる度に容姿のディテール聞いて可愛さ採点しようとしてたイプシロン(クズ)は黙りなさい! 全部お前のせいよ! 大体あんたはいつもいつも──」


 イプシロンの失言を皮切りに、アルファの怒りが彼に向けられます。罪を一身に背負う哀れな生贄の登場に、私はホッと安堵します。責任は皆で背負えば軽くなりますが、背負わないに越したことはない。一部にケガレを集めれば他は楽になるという、宇宙を支配する基本定理の優しい風に乗りましょう。良心の呵責は一切ありませんでした。前半はイプシロンのダル絡みのせいで頻繁に腰が折られて、フラストレーションも溜まってたので。

 しかし、アルファも変わりませんね。強気で自己中な性格は、七年経って尚も健在の模様。ヒートアップしたら止まらない。盈さん(プロ)の手で適切に管理された炭火くらい長く保ちます。バーベキューなら良いんですけども、室内でやられると、一酸化炭素的な何かで中毒を起こしそうになります。参っちまいますね。九日前、朧煙商店街のカラオケでガンマと再会した時、彼は長女(アルファ)を「ルナ・チルドレン」の(かなめ)と評しましたが、ちょっと疑わしくなってきました。手厳しいことを言いますが、ヒステリックな態度は求心力にマイナスです。

 ガンマが立ち上がり、アルファの肩をタップしました。バーチャル空間のオーナーたる自覚はあるようです。アルファは瞼を瞬かせ、前のめりになっていた姿勢を戻しました。しおらしくも猫背になります。


「アルファ。イプシロンの説教はもっと過激でも問題ないぐらいだけど、このまま行くと本当に徹夜コースだよ。どうしたのさ。最近は鳴りを潜めてたのに。ベータがいるからって昔に戻っちゃった?」

「ごめん」


 素直に謝りました。内心で驚きます。強気・自己中の後の三拍子目、負けず嫌いが治まっている? むしろ卑屈とすら映ります。成長と表現するには躊躇いのある変化です。困惑します。なんか嫌だ。


「本筋に戻るわよ。ベータの独演会が始まる前に言った通り、蘇った『月の使者』の捕縛には賛成よ。私たちも協力するわ。ただ、いつも動けるのはデルタと、通学してないガンマだけ。他の子たちは各自バラバラ、朧煙から離れた学校に入ってるの。私に至ってはモンゴルに留学してる(・・・・・)し。知恵出しとか、いざ大捕物となった時は手伝うけどね」

「ありがとうございます。もちろんそれで構いません。あ、ついでに尋ねてよろしいですか。どうしてここにきて、皆別れて生活を? 今までは『ルナ・チルドレン(きょうだい)』仲良く暮らしてたのでしょう?」

「調査のためよ」


 間髪入れずにアルファは答えます。


「荒屋家の旧拠点から、古の『月の使者』が眠る場所についての資料が見つかったの。月の力を振るう身として、ルーツを知っておきたいのは当然でしょ。で、知っておけば、曽祖父みたいな、偶発的に力を身につけてしまう人の発生を未然に防げるようになるかもしれない」

「なるほど! それは大事ですね。人には過ぎたる力です。月なんぞのありがた迷惑を被る存在は、私たちで最後にしましょう!」


 首がもげそうになるぐらいにうんうん頷きます。素晴らしい目標です。12000年前の「月の使者」が見せた、普通の人たちに対する傲慢で残酷なスタンスを想起します。超常の力はああいう勘違い野郎を生み出しかねない。根絶出来るならぜひそうすべきです。そして、奴とは逆に、力に呑まれず正しい方向に進もうとする「ルナ・チルドレン(きょうだいたち)」を誇りに思います。

 私からも、彼らの活動をサポート出来たら良いのですが。調査が終わり、他の地にも潜んでいるのだろう老害どもが用済みになった暁には、率先して排除を行うとしましょうか。文芸部が安心して文化祭(まつり)で頑張れる社会を保つためにも。


「じゃ、ここまでにしたいんだけど。ホント、どうしてこんなに遅く……。ベータ、最後に一ついい? 回答はなるべく短くね」

「あっはっは。何ですか?」

「石黒家の人たちにあなたの能力を明かした理由を教えてもらっても?」


 無論、そこは引っかかるところでしょうね。アルファたちにとって、部外者への秘密の共有は歓迎されることではありません。異能の噂が広まれば、欲を掻いた人間に調査を妨害されるリスクが生まれるからです。

 要望に沿って、なるべく短くまとめます。


「申し訳ありません。取引しました。大好きな先輩が、不可思議な亡くなられ方をして。死因を探るため、お力添えを石黒家に頼んだのです。その見返りに話したのですよ」


 一応、「石黒家が不穏な動きを見せれば、全力で対処しますよ。ないと信じたいですが」と繋げておきました。


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