第40話「浄化の術」
「う……っ、ゴホゴホ!」
ノクスの張った結界は、少しずつ強度が落ちていった。
塔に充満する瘴気が、じわりと内部へと染み込んでいく。
息を吸った瞬間、胸の奥が焼けるように熱く、思わず咳き込んだ。
喉がひりつき、肺の奥で軋むような痛みが走る。
「お、おい! ノクス、大丈夫か!?」
ライガの声が響く。その顔には珍しく焦りが滲んでいた。
「まずいですね。結界の効果が……ゴホッ! もっと術の鍛錬しとけば良かっ……ゲホッ!」
息を吸うたびに少量の瘴気が肺に入り、胸の痛みと共に視界の端がじわりと暗くなる。
頭ではまだ考えられるのに、体が思うように動かない。
「ノクス……」
ライガの低い声が耳に届く。
その響きには、彼らしくない迷いが混じっているように感じる。
「あはは。……大丈夫、あともう少しは保ちますよ。それよりライガは平気ですか?」
何とか呼吸を整えながら、必死に笑みを作って問いかける。
自分の声がわずかに震えているのがわかった。
「……あ、ああ。俺もまだ平気だ!」
ライガは強がるように短く答えたが、その目は明らかにこちらを気にしている。
(良かったと、言いたいけれど……。どちらにせよ僕が死ねばライガも消滅してしまう。早く……っ!)
胸中で焦燥が渦巻く。
瘴気を遮る結界の光が、目に見えて揺らぎ始めていた。
「……!? ノクス、何か塔全体が光り出したぞ?」
突然、床や壁が淡い光に包まれ始めた。
光は脈打つように広がり、まるで塔全体が息づいているかのようだった。
「……どうやら、間に合ったようですね」
ノクスはその反応を確認し、目の奥に決意を宿すと、ライガへと視線を向けた。
「ライガ、良いですか? よく聞いてください。これから僕は防衛結界を解いて≪浄化の術≫を発動します。しかし、結界の解除から術の発動までは若干タイムラグがあるんです」
「ってことは、その間は二人とも黒いモヤモヤの中ってことじゃねーか!」
ライガが顔をしかめる。
その反応から、先ほどの瘴気の中での出来事を思い出したのかもしれない。
「ええ。しかし外でエルト君も頑張ってくれていますし、ここでジリ貧になるよりはマシです。ライガは僕が倒れないよう、支えてください」
ノクスは息を整えながらも、冷静に言葉を重ねる。
しかしそれでも顔には大量の汗が滲み出ていた。
「あ、ああ! 分かった、俺が支えてやる!」
ライガも意を決したようだ。
その瞳の力強さには、安心感を覚える。
「……良い子ですね。では……行きますよ!!」
ノクスは深く息を吸い込み、結界の術式を解き放った。
瞬間、外界との隔たりが消え、せき止められていた瘴気が濁流のように押し寄せてくる。
空気が一瞬で重くなり、鼻の奥と喉を刺すような強烈な刺激が走った。
「うぶ……っ!!???」
あまりの濃さに、ノクスは咳き込み、全身が焼けるような痛みに顔を歪める。
それでも歯を食いしばり、術の発動へと意識を集中させようと立ち上がった。
「か……は……っ!?」
しかし足に力が入らず、脱力して視界が揺れる。
その体が傾いた瞬間、背後から力強い腕が支えた。
「ラ…イガ……」
掠れた声で名を呼ぶと、耳元で低く、必死な声が返ってきた。
「……しっかりしろ! 俺がついてるぞ!」
ライガの手が背をしっかりと押さえ、崩れ落ちそうな身体を支えてくれる。
だが、その彼自身も瘴気の直撃を受け、肩で荒く息をしていた。先ほどのように影響が出始めているのだろう。
「う……んぐ……っ。く……! 興奮なんて……してる場合じゃ……ねぇよ。ふぅ……っ、はぁ……っ」
目が血走りながらも、必死に自制するような声が聞こえてくる。
ライガの全身は震えていたが、それでも自分を支えるのに意識を集中してくれているようだった。
「全く、僕の人形は……ゴホッ! ……本当に、頼りがいがありますね……」
咳の合間に、ノクスは短く言葉を返す。
そして、自分を支える腕の温もりを背に感じながら、意識を術式へと集中させた。
「≪浄化の術≫……! 発動!」
術の発動と同時に、塔全体が金色の光に包まれた。
それは瘴気を押し返し、壁や床を清浄な輝きで覆い尽くしていく。
光は徐々に黒い瘴気を浄化し、重苦しい空気を吹き払っていった。
「やった……! やったぞノクス!」
と、ライガが振り返った瞬間。
「…………ゴホッ!」
ドサッ! っと、まるで荷物が崩れ落ちるような音が響いた。
「え? ノク……ス……?」
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