第39話「サイドエピソード:エルト、頑張る」
※今回の話は、エルト視点です。
「ひゃあああっ!! な、何事なのです!?」
塔の外では激しい振動が地面を揺らし、森全体がざわめいていた。突然の異変に、エルトは驚きの声を上げて立ち尽くす。
「これは……っ」
レオンが眉をひそめ、塔の上空を見上げる。暗雲が渦を巻き、不穏な気配が広がっていく。
次の瞬間、レオンは迷いなく塔へ向かって駆け出した。
「ふぇっ!? あの、レオンさん?」
「……すまない、すぐに戻る」
呼び止める声も届かず、レオンは短く答える。
「ああんもう! 髪が汚れちゃったわぁ~!」
その時、勢いよく塔の扉が開き、グリオールが軽やかに姿を現す。地響きや騒音も気にしていない様子だ。
「グリオール……様。良かった、ご無事で……っ!」
レオンが安堵した様子で駆け寄ると、グリオールは当然といった顔で笑った。
「あら、当たり前でしょ? アタシがこんなので死ぬわけないじゃない」
「……はい。要らぬ心配でした」
彼は冷静に答えていたが、主人の無事を確認できたのかホッと胸を撫で下ろしているように見えた。
「それより、これどうしましょうかねぇ~?」
と、何かに反応した様子で片手を耳に当て、誰かと話し始めた。
「あら、ノクス? ……え、瘴気が濃くて動けないですって?」
(……あれって、確か天人が使う≪伝通の術≫なのですね。何かトラブルなのです……?)
「……ええ、それで? ……ふぅん、そういうことね」
「あの、グリオールさん、どうしたのです?」
エルトが心配そうに声をかける。
「状況が悪化したわ。ノクス達が閉じ込められた。いえ、動くに動けなくなった……といった感じかしら。濁った魂の残骸である瘴気が部屋中を覆ってて、結界で出入り口を塞いでおかないと、この辺り一帯が汚染されちゃうのよ」
「そ、そんな……! どうして……!」
エルトの様子を見ていたグリオールは、レオンと目が合うとニヤリと笑う。
「あ~あ! まさかこんな事態になるなんてねぇ~? やっぱりこれも“冥王の呪い”だったりしてぇ~?」
「………っ!!!」
レオンの拳がわずかに震えた気がした。
「……違うのです!!」
思わず、二人の会話に割って入る。
「確かに、状況は悪化したかもです。でも、これは絶対に冥王の仕業ではないのです!」
「エルト……様……」
一瞬驚いたような表情をしたレオンだったが、先ほどの暗い顔とは明らかに違っていた。
「ねぇ、エルトちゃん。ちょっと良いかしら? お願いがあるんだけど」
「……? 僕ですか?」
「ええ、さっきノクス達と会話した時、ライガちゃんが言ってたんだけど――」
◆◇◆◇
塔の中は黒い瘴気で満ち、視界は数メートル先も見えない状態とのことだった。
「ノクス、何とか出口まで走って来れない? そしたら塔全体を結界で覆いつくせるわ」
≪いえ、一歩でも動くと結界を保てない。かといって他に方法が……≫
≪なぁ! ノクス!≫
≪何ですかライガ! いま取り込み中……≫
≪これって、元々魂なんだろ? だったら、キラキラにしてやれば良いじゃねぇか!≫
≪き……キラキラ?≫
「ノクス、ライガちゃんの案……イケるかもしれないわよぉ?」
≪え? それは……≫
◆◇◆◇
塔の外壁は所々が剥がれ落ち、むき出しの石材が不安定に突き出している。その一角に、エルトは必死にしがみついていた。全身が震え、頬はこわばっている。
「うぅ……高いのです……! 怖いのですぅ……!」
足元では瓦礫が崩れ落ちるたび、心臓が喉の奥で跳ねた。
「うう……でもでも。ここでないと塔全体を合成させるのは無理なのです……」
エルトは足場の悪さと恐怖を必死に振り払おうと、数時間前の会話を思い出す。
◆◇◆◇
「え!? ぼ……僕の力が必要なのですか?」
驚きの声を上げるエルトの前で、グリオールは冷静な表情を崩さなかった。
「ええ。アタシたち政務官は職務上、地上人が授かる適性の内容はある程度把握してる。そして≪錬金術師≫は“合成”ができることも知ってるわ」
グリオールの声には確信があった。エルトは困惑しながら自分のジョブを振り返る。
「はい、確かに“合成”は2つ以上の素材を混ぜ合わせて新しい物質を作れるです。でも、何を作るのです?」
「……浄・化・装・置♪」
グリオールがあっさりと言い放つ。
「じょ……浄化装置って、あの天界にあるっていう!? どどどど……どうやって!??」
エルトの顔が引きつる。無理難題を押し付けられたような感覚に、言葉を失いかける。グリオールはそんな彼に軽く微笑み、さらに話を続ける。
「エルトちゃん。アンタ、聖水を作るって言ってたわよね? だったら持ってるんじゃない? “賢者の石”」
「あ……、はい。確かに賢者の石なら“合成”の成功率を上げてくれるのです。といっても僕が持ってるのは市販品ですけど……」
「それで十分よ」
グリオールは自信満々に頷くと、塔を指さした。
「ノクスの術とこの塔を合成させて欲しいの」
「術と塔を合成……なのです!?」
エルトは目を丸くして驚く。だが、グリオールは意に介さず、続けて説明を始めた。
「つまりね? この塔全体を浄化装置に見立てて、一気に浄化しちゃおうってこと♪ あれらは元々魂の残りカス。だったら≪浄化の術≫で浄化できるはずよぉ」
「そ、そうなのですか!?」
エルトの声は震えていたが、その中には希望の光も見え隠れしていた。
「ええ。天界にある浄化装置も同じ原理だもの。アタシは結界を塔の外を囲むように張って瘴気が外に出ないようにする。そしたら中でノクスが術で浄化するわ」
グリオールは軽く肩をすくめながらも、その目は真剣だった。
「でも、これだけの濃度だと術の効果が塔全体に行き渡るのに時間が掛かるでしょ?」
そして塔を見上げながら続ける。
「そこでね? この塔にノクスの術を拡散させようって話。それにはこの塔の構造物質にノクスの術を浸透させちゃえば良い」
「つまり、術の効果を一点だけじゃなく、塔全体に広げるってことですよね? しかし……そんなのやったことないのです……」
エルトの声には不安が滲んでいた。だが、グリオールは冷たく突き放すように言った。
「あっそ。僕もお役に立ちたいです~って誰かが騒いでた気がしたんだけど、気のせいだったかしらぁ~?」
「ううぅぅ……。わ、分かったのです」
エルトは唇を噛みしめながらも、決意を固める。
その目には、微かな覚悟の色が宿っていた。
◆◇◆◇
「うう……やるしかないのです……!」
エルトは塔の最上部に到達すると、震える手でカバンから“賢者の石”を取り出した。足元の不安定さを気にしながらも、彼は塔の石材に触れ、その構成物資の情報を賢者の石に記憶させる。
「塔の材質はこれで賢者の石に記憶させたです。後は……!」
エルトは塔から手を離すと、賢者の石を両手で握りしめた。その瞬間、賢者の石が淡く光り始め、呼応するように塔全体にかすかな光が走り出す――。
ヒョォォオオオ……。
吹きすさぶ風はエルトの恐怖心をさらに煽る。
「ひぃ……っ!?」
が、足が震えてつい塔にしがみついてしまう。かすかに光った塔は、その光が消え始めた。
「うぅう……っ! “合成”は賢者の石を両手で握らないと発動しないのに……。ぼ、ぼぼ……ボク、やっぱり臆病者ですぅ……!!」
時間は刻一刻と迫っていた。頭では分かっていても、足の震えは止まらない。
その時、手に優しい温もりが伝わる。まるで安心させるように、ふわりと。
「ふぇ……? え……?」
その温もりの正体は、他でもないレオンだった。
「……エルト様、どうか落ち着いて」
どうやら、見かねて追いかけてきてくれたらしい。下で呆れ顔になっているグリオールの様子から、何とか説得して来てくれたようだ。レオンの低く落ち着いた声が、緊張を少しずつ解いていく。
「貴方は、臆病者ではありません」
その声に込められた確信と、どこか力強い安心感に、エルトは少しだけ心が落ち着く。
「レオン……さん……っ! でもボク……足が震えて……!」
エルトは震える声で言うが、レオンの言葉はしっかりと響いた。
「……大丈夫、俺が貴方の命綱になります」
その直後、ふわりとした浮遊感が全身を包み込む。
「ふぇ……っ!???」
エルトが驚きの声を上げると、次の瞬間、背後から回り込んだレオンの力強い腕が自分の体をガッチリと支えていた。
「これで、俺が支えている限り、両手を使えます」
「す……すごい……!」
レオンは、塔の隙間に足と片腕をかけて体を固定し、完全にエルトを支えていた。
(ひぁぁ!! レオンさん、すっごい良い匂い……!! こ、これが男の色気というやつなのです……? そして何という包容力! ああ、何だか、このまま体を全部預けてしまいたい……!!)
その安定感たるや、強風が吹き荒れる中でも一切揺るがない。エルトは思わず顔が緩み、うっとりとした表情でレオンの胸筋の間に身を沈めた。
「……エルト様、エルト様?」
(――はっ! いけない、こんな状況でリラックスしてる場合じゃないのですっ!)
レオンの腕が一層強くエルトを抱きしめる。
「――はぅっ!?」
「……大丈夫、俺を信じて」
耳元で囁かれた声は低く、力強い。
その言葉には、揺るがない信頼と確かな決意が込められているように感じられた。
「俺は絶対に、貴方を離さない。……何があっても、だ」
「は……っ、はひぃいいっ!!!」
エルトは顔を真っ赤にして、思わず声が震えた。
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