第41話「サイドエピソード:緊急事態」
※今回の話は、エルト視点です。
――その頃、塔の外。
エルトはレオンに誘導され、地上に降りて来ていた。
「お疲れ様、エルトちゃん。塔はアタシの結界で包んでおいたから、瘴気が漏れ出ることはないわ」
「は、はいなのです……。はふぅ……っ、緊張したのです……」
刹那、塔全体が金色に輝きだした。
「わぁ! 塔が光に包まれていく……。どうやら成功したようなのです! 凄いのです! 黒い霧がどんどん消えていくのです!」
黒ずんだ霧は、金色の光を受けて小さな粒子となって消えていった。やがて、しばらくすると輝きが収まり、塔全体から聞こえていた軋むような音も止まる。
「……やった! やったです……!」
エルトは深く息をつき、安堵の表情を浮かべた。その瞬間、柔らかな声が耳に届く。どこか包み込むような安心感を与える響きだった。
「エルト様。お疲れ様でした、お見事です」
見守ってくれていたレオンが労いの言葉をかけてくれる。その低く響く声と、賞賛の笑みに、エルトは思わず心臓が跳ねるような感覚を覚えた。
「あ、あの……レオンさん……。あ、ありが……」
言葉を紡ごうとした瞬間、腕を引かれ、ぐっと抱きしめられた。その力強い胸板に触れ、驚きと同時に、まるで吸い寄せられるような感覚が押し寄せる。
「……ひゃひっ!!??」
「……よく不安に耐えたな。怖かっただろ?」
落ち着いた声が耳元に響く。優しさと強さが混ざったその響きが、胸の奥に染み込んでくる。
「あの……レオンさんが……サ、サポートしてくれた、から……っ」
顔を赤らめながら言おうとするが、レオンはその言葉を遮るように、さらに強く抱きしめた。
「……俺がどうこうじゃない。エルト様が頑張られたおかげです」
囁くようでいて力強い声が、耳の奥にまで届く。
「この度のご活躍、本当にご立派でした」
「……は……はぅ…っ! でも、僕なんて……っ」
その言葉を最後まで言う前に、再び胸に引き寄せられ、顔が埋もれる。
「…………」
頭を撫でながら、そっと語りかけられる。
「辛かったよな? 怖くて苦しくて、どうしようもなくて、くじけそうだったんだよな?」
「……あ……うぁぁ……っ」
胸が詰まるような感覚とともに、目頭が熱くなる。
「……よく、頑張ったな」
「……っ!!? あひゅおぇええええ!?(K.O.)」
全身が熱くなり、心臓が跳ね上がる。
圧倒的な存在感に、完全に飲み込まれてしまった。
「……!? え、あの……っ、エルト様? しっかり……っ」
気が抜けたように脱力した体を、レオンが慌てて支える。
「アンタ、いい加減にしなさいよ……?」
その様子を見ていたグリオールが、呆れ顔でため息をつく。
◆◇◆◇
しばらくすると塔の扉が開き、ライガが何かを背負って出てきた。近づくにつれ、それがノクスだと分かる。ぐったりとした様子に、エルトは息をのんだ。
「……グリオール!!」
ライガの声が切羽詰まっているように聞こえる。グリオールは軽やかに応じた。
「あら、ライガちゃん。お疲れ様、浄化は成功したみたいねぇ?」
だが、ライガの表情は安堵からは程遠く、焦っているように見えた。
「ノクスが……、ノクスが起きねぇんだ!!」
◆◇◆◇
塔の外に運び出されたノクス。地面に横たわる顔は青白く、息も荒いように見える。グリオールが膝をついて様子を確認し、エルトもレオンと一緒に見守った。
「これは……かなりマズイ状態ね。まぁ、あれだけの濁った魂の瘴気にさらされたんだから当然だけど」
淡々とした声だが、その奥にわずかな重みを感じる。
「なぁ、何とか出来ねぇのか!?」
ライガの声が、焦りを隠せないまま響く。
「とにかく、これ以上動かさないで。急いで救護班を呼ばないと」
ノクスは苦しそうな表情で息絶え絶えに呼吸を繰り返している。
「けど! そんなの待ってたらノクスが死んじまうだろ!」
鋭い声が空気を裂く。グリオールは表情を変えず答えた。
「そんなこと言ってもねぇ……。せめて症状を緩和できれば……」
エルトは一歩踏み出した。
「あ、あのっ! ボクも何か出来ないでしょうか? ポーションとか、いろいろあるのですよ?」
慌ててカバンを開き、ポーションや素材を取り出す。しかし、グリオールは首を横に振った。
「気持ちはありがたいけど、こういった症状は聖水しか効かないんでしょ? アンタ持ってるの?」
「うぅ……。も、持ってないのです」
その声は自然と小さくなる。
「聖水……そうだ! お前、さっき聖水を作る為に街に買い物に来てたって言ってたよな? この材料で作れないのか?」
「そ、それは……っ。確かに材料は揃ってるのですが、聖水の“調合”はかなり高難度なのです。ボクは元々、失敗覚悟で購入していたのです」
さらに小声で付け加える。
「しかも、賢者の石をさっき使ってしまったのです」
「ああ、確か賢者の石は“調合”の成功率も上げてくれるアイテムだったわねぇ。それナシでやるとなると、失敗する可能性は高いわね」
「それともう一つ問題があるのです。“合成”と違って、聖水を作るには複数の素材を“調合”する必要があるのです」
「そして“調合”には錬金の窯を使うのですが……今すぐには用意できないのです」
ライガは拳を握りしめ、強く歯を食いしばっているように見えた。
「~~~~っっ!!!」
そんな中、レオンが静かに歩み寄り、グリオールに声を掛けた。
「グリオール様、宜しいでしょうか」
「……なぁに?」
「俺の血を、使わせてください」
思わぬ言葉に、エルトは息をのんだ。
「自分が何言ってるか分かってる? アンタのその血も、髪も、肉体の細胞一つまで、全てアタシの所有物なのよ?」
「……承知しています」
「しかもそれって、アイツの力を頼るってことよね? もしかしてアタシに喧嘩売ってる?」
「……いいえ。俺の全てはグリオール様の物です」
「ふぅん……? それでも?」
レオンが無言で頷くのが見えた。グリオールはため息を吐き、手を軽く振る。
「ふんっ。まぁ良いわ? 今回はノクスを助ける意味合いのほうが大きいし」
「……寛大なお心遣い、感謝します」
「そうねぇ? 今日は帰ったらアンタを全裸にして、尻から鉄串刺して、バーベキューしたいわねぇ~?」
「はい、帰ったらすぐにご用意します」
やり取りの意味は半分も分からなかったが、緊迫した空気だけは、エルトにもひしひしと伝わってきた。
ノクスの荒い息遣いは、まだ弱まる気配を見せていなかった。
「ライガ、少しどいてくれ」
レオンの低く冷静な声が塔の冷えた空気を震わせた。彼の視線は、ただノクスの顔をじっと見据えている。決意が宿るその目を前に、ライガは自然と身を引いた。
「レオン兄ちゃん……何する気だ?」
不安げな問いを背中越しに聞きながら、レオンはノクスの隣に膝をついた。そして足に装着していたナイフを静かに抜き、自分の手首に刃を当てた。
――スッ。
血の滴がナイフの切っ先から滲み出し、赤い線を描いて流れ落ちる。誰もが息を呑む中、その血をノクスの口元へと零した。
「うぅ……っ、んん……」
「あの、一体何を……?」
エルトは驚きの声を上げる。
「俺の血は……少し特別なんだ」
レオンは短く言うと、ふと立ち上がった。彼の立ち振る舞いには迷いの欠片もない。
「エルト様、貴方の≪錬金術師≫としての力をお借りしたい」
「えっ……!? ボ、ボクの力ですか?」
「聖水と同等の効能を持つ“合成薬”は作れますか?」
「そ、それは……作ること自体は可能ですが……。効能が聖水に届くかは……」
エルトが言葉に詰まると、レオンは少しだけ口元を緩めて笑った。
「ならば試してみましょう。材料はすべて揃っています」
そう言うと、レオンはライガに視線を向けた。
「ライガ、お前にしか頼めない仕事がある」
「え……俺?」
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