最終話 後編
え? え? と頭上に疑問符を浮かべる私に、先輩は後ろ手に持っていた『何か』をこちらに差し出して来る。ゆっくりゆっくり姿を現す『何か』を完全に捕らえた瞬間、背筋が凍った。
――亀子……ちゃ、ん。
「モモ次郎ッ!!」
八神先輩の掌でグッタリしていたのは――モモ次郎だった。アルビノピンクスキンキャラメルの特徴である、薄桜色の手がいつもよりも白んで見える。
――亀、子ちゃん……良かっ、た……。
苦しそうに紡がれる声に、モモ次郎が衰弱し切っていることを悟る。――でもどうして……? やっぱりどこか悪かったの……?
――ごめ……んね……蛇礼様、にも駄目……だっ、たよ……。
「駄目だったって……ねえモモ次郎! どうしたの!?」
今にも眠ってしまいそうなモモ次郎に、必死に声をかける。いくら私が中学生だからって、何となく『分かる』……今がどんな状況なのかも、大体は。
「……力が大きすぎたのよ。こんな小さな体に莫大な力を蓄えすぎて、もうパンク寸前だったの」
口を開くのも辛そうなモモ次郎の代わりに、先輩が説明してくれる。
――そして私は、先輩の口からとても信じられない言葉を聞くこととなる。
「………………だから、成仏させてあげるのよ」
成仏………………? 誰を? 何で?
「――この子を、私の力で」
「どうしてですかっ!? モモ次郎は……モモ次郎はっ……!」
チラリとモモ次郎を見ると、体全体で息をしている姿が在る。
「そ、そうだ……水だ……ここが空中だから……!」
私はすぐ傍に在った掃除用具入れからバケツを取り出して、廊下の水道に駆けようとする。――が、
「もう………………」
下唇を噛み締め、フルフルと震えている、八神先輩。
「………………この子は、泳ぐことすらままならない」
「そんなことないです! モモ次郎、待ってて! すぐ水を――」
「――やめなさい!」
室内に響き渡る、怒声に似た叫び声。
「もう駄目なのよ、あたしにも駄目だった……神の力を利用しても、駄目だった……」
ポツポツと紡がれる声は酷く聞き取り辛い。
――亀子、ちゃん……私、は……もういい、の。
「モモ次郎……?」
――私は、も、う……。
「やだよ……待って! 私はまだ……!」
何もしてあげられてない……! まだ何も伝えられてない!!
――ごめ、んね……――――――――――だ、よ……。
「――へ?」
モモ次郎が発した言葉は、確かに私の耳に、心に届いた。
けれどその言葉に喜ぶ時間は――与えられない。
「モモ次郎ッ!?」
眩い光がモモ次郎を包む。太陽を直視するよりも眩しい、熱い光。何これ……熱くて溶けそうだよ……ビルマニシキヘビに巻きつかれてもきっとこの熱さは消えない。
幾千も弾ける光線が目を眩ませる。目をキツく瞑っても瞼を無いものとして襲って来る、光。
「モモ次郎……!」
閉ざされた視界で必死に名前を呼んだのは、愛おしいモモ次郎の名前。私と運命の出逢いをしてくれた、愛亀の名前。
――亀子ちゃ、ん……ありが、とう。
耳鳴りのように、劈く悲鳴のようにして私の聴覚を支配する中で、はっきりと私の頭に響く声。
「モモ次郎ぅっ!」
私は必死になってモモ次郎に手を伸ばした。何も見えない中で『そこにいる』という希望だけを込めて。
――だけど、私の手が届くことは……無かった。
「モモ次郎――――!」
八神先輩の掌から光の粒子となって天井に吸い込まれてしまったモモ次郎に、それでも私は手を伸ばし続けた――。
――・――・――
モモ次郎が私の前から消えた日から、数ヶ月の時が過ぎた。
私の前にモモ次郎が現れることは無く、変わり映えの無い日々が過ぎて。
けれど、一つだけ決定的に変わったこと。
「――亀子、何もそもそご飯食べてるのよ。こっち来て一緒に食べましょ」
あの蛇陀さんが、私を仲間に入れてくれるようになった。
呼び方も、ちゃんと私の名前を呼んでくれるようになったんだ。
全部全部……モモ次郎のおかげ、だけどね。
「うん」
小さく返事をして、食べていたお弁当を持って蛇陀さんに近寄る。私は変われた。新しい一歩を、踏み出せた。
――モモ次郎、出逢えて良かった。
たくさんの思い出をありがとう。
あの時、確かに私の心に届いたモモ次郎の声を胸に、私は今日を生きる。
明日も――明後日も、これから先ずっと。
――ごめ、んね……大好き……だ、よ……。
モモ次郎が――そう言ってくれたから。
fin.
ビルマニシキヘビ【Python molurus】
森林や水辺に生息する。熱帯雨林に多く生息し、水辺で多く見られるが乾燥地帯にも生息している。
幼体時には樹上棲傾向が強いが、成長に伴いほぼ完全に地上棲となる。




