第99章 妹神たちの餞(はなむけ)
第99章 妹神たちの餞
駅を発った新幹線は、滑るような速度で西へとひた走っていた。
佐藤さんの私服を身に纏ったエヒメは、いつもより心なきか背筋が伸びて見える。
ブラウンのジャンパースカートが予想以上に似合っている彼女を隣のシートに眺めながら、俺はふと、気になっていた疑問を口にした。
「なぁエヒメ。新大阪で受け取るって言ってた服だけど……クレハやアナハに、一体どんな服を頼んだんだ?」
「ああ、あれはだな、『朝服』というやつじゃ。昔、我らが朝廷に出仕する際に着用した、格式高き装束じゃな」
「朝服……? それって、あの十二単みたいなやつか?」
エヒメはフッと鼻を鳴らして首を振った。
「十二単はこの国独自の正装で、主に平安時代以降のものじゃ。我が言っておるのは、それよりも古い、大陸の文化が色濃く残る時代の衣服のことじゃよ」
「そういうのを着て広島に行こうと思ってたのか?」
「そんなわけないじゃろ! 」
エヒメは呆れたように窓の外に視線を向け、肩をすくめた。
「よいか紡。十二単ともなれば総重量は二十キロ近く、我たちの朝服でも優に五キロほどはあるんじゃぞ」
「あんな重くて硬いものを着て、新幹線に乗ったり広島の街を歩き回ったりできるわけがなかろう」
「五キロから二十キロ……! 服っていうか、もう軽めの甲冑だな」
想像以上の重労働っぷりに驚く俺に、エヒメは満足げに頷いて腕を組んだ。
「そうじゃ。だからこそ、クレハやアナハには、現代版にアレンジしたものを頼んでおるのじゃ」
「……現代版アレンジねぇ。でもお前、アナハに『移動用の服じゃ、頼むぞ』としか言ってなかっただろ? そんな細かい指示、一言もしてなかったじゃないか」
俺のまっとうなツッコミに、エヒメは少しだけ目を細め、どこか誇らしげな笑みを浮かべた。
「ふん。クレハもアナハも、たとえ血の繋がりはなくとも、長き時を共に生きてきた我が最愛の妹たちなのじゃ。……あれで分からんでどうする」
お互いを信頼しきっている神様たちの絆の深さに、俺は胸の奥が少し温かくなるのを感じていた。
「なんか……すごいんだな、お前たちって」
車内には新大阪への到着を告げるアナウンスが流れ始めていた。
新幹線が速度を落とし、新大阪駅のホームへと滑り込む。
ドアが開き、ホームへ一歩踏み出したその瞬間だった。
「あ! 紡くんやーっっ!」
ホームの向こうから、聞き覚えのある愛らしい声が響いた。
見れば、こちらへ向かって一直線に走ってくる美少女の姿クレハだ。
彼女は勢いそのままに、俺の胸へと全力で飛び込んできた。
「お ―っと、クレハ!?」
「紡くん、久しぶり! うち、めっちゃ会いたかったわぁ!」
ぎゅっと俺の首に腕を回し、満面の笑みで体重を預けてくるクレハ。
懐かしいその柔らかさと温かさにドギマギしつつ、俺はなんとか彼女の体を支えながら苦笑いを浮かべた。
「おいおい、ちょっと落ち着けって。あれからまだ、そんなに『経ってない』だろ?」
「あら、あらあらあら? 主様、このアナハの目の前で堂々と浮気ですか?」
突如、すぐ足元から冷気を含んだ声が聞こえた。
驚いて視線を落とすと、いつの間に潜り込んだのか、俺とクレハの隙間にぴったりと体を割り込ませたアナハが、暗い瞳で俺を見上げていた。
「クレハ姉様のどこを見て、そんなに『勃た(たた)なかった』のですか? アナハの時とは随分と反応が違うようですけれど……」
「お前、公共の場で何を言い出すんだ!? 捕まるぞ!?」
「なんや、混んどったから立ってたん?」
「いや、指定席だから座ってた……」
俺は全力で周囲の目を気にしながら忙しくツッコミを入れた。
アナハは、ふいっとクレハを俺から引き離すと、エヒメの前に進み出た。
「遅くなりましたわ、エヒメ姉様。」
「無理言ってすまなかったな。クレハ、アナハ」
「いやぁ、新幹線って窓開かへんのやな。こりゃ放り込めんわ」
「いや、窓の問題じゃなくて、並走の方だろ……」
俺は早くもツッコミ過労死しそうな予感を覚えながら、はぁと大きな溜息を吐き出した。
だが、その後に自然と口元が緩んでしまうのを、俺はどうしても止められなかった。
「二人ともありがとう。行ってくるよ」
俺の言葉に、二柱の妹神たちは顔を見合わせ、これ以上ないほど嬉しそうに微笑むのだった。




