第98章 旅立ちの衣
第98章 旅立ちの衣
ドアを開け、真っ先に目に飛び込んできたエヒメの姿に、俺は思わず頭を抱えた。
「……お前なぁ、その格好で行くのか?」
「行けるわけないじゃろ!」
そこにいたのは、いつものダボTシャツに、左右で色違いの靴下を履いた、完全なる引きこもりスタイルだった。
「アナハに移動用の服を頼んでたんじゃないのか?」
「まだ服が届いておらんのじゃ!」
やれやれと思いつつ、俺はクレハに連絡を取ることにした。
彼女がこちらの世界の連絡手段であるスマートフォンを持っていてくれるのは、こういう時に本当に助かる。
『もしもし、紡くんか? 久しぶりやな、元気にしてた?』
スピーカーから聞こえてくる、少し耳に心地いい関西弁。
「ああ、そうだな。クレハ、声が聞けて嬉しいよ」
『どうしたんや?……あ、もしかしてまた茅春ちゃんに誤解されてるん? 説明なら任せてや』
「それは、頼まないから……。それより、エヒメの服はどうなんだ? アナハから聞いてるだろ?」
『もう少しで仕上がるんよ。新幹線、この辺りで窓開けてくれたら、並走して放り込んであげるわ』
「どこをツッコんだらいい?」
『ちゃうんか?』
「新大阪で一度降りるよ、じゃあ後でな」
通話を切り、俺は腕を組んで待っているエヒメを振り返った。
「エヒメ、もう少しかかるから新大阪駅で渡すってさ」
「……紡よ、おぬしは新大阪駅まで、我をこの姿で民衆に晒す気か!? 一体どの羞恥プレイじゃ!」
涙目で理不尽な訴えを起こすエヒメ。
「とりあえず、そこまでは佐藤さんに借りてるスーツ着ていけよ」
「そうじゃったな!」
そんな俺たちの玄関先での押し問答を聞きつけてか、佐藤さんが部屋から出てきた。
「川崎さん、どうしたの?どこかお出かけですか?」
「あ、佐藤さん。ちょっと、広島にね」
「 広島って、も、も、も、もしかして、宮島の市杵島姫様とお会いになるんですか……っ!?」
彼女は、一瞬で瞳を輝かせ、凄まじい勢いで詰め寄ってくる。
さすがは佐藤さん、理解が早かった。
「まあ、そんな感じかな……」
「キャー――ッ! 本物の宗像三女神様! 素晴らしいわ、さすが兄姫様と川崎さん!!」
一人で大興奮している佐藤さんだったが、ふとエヒメの服装に目を留めた。
「……それで、兄姫様は何をしてらっしゃるんですか?」
「いや、大阪で着替える新しい服が届くまで、着ていく服がないってごねているんだ」
「川崎さん、わたしに任せてください!」
ガタッ、と佐藤さんの職人としての目が完全に据わった。
彼女は有無を言わせぬ勢いでエヒメの手を掴むと、そのまま自分の部屋へと引っ張っていった。
バタン、と隣のドアが閉まり、廊下に静寂が戻る。
数分後。
再び開いたドアから、おずおずと出てきたエヒメの姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。
「……さすがだな」
そこにいたのは、ガーリーなブラウンのジャンパースカートに、ベージュのブラウスを合わせた、可愛い姿のエヒメだった。
「佐藤さん、本当にいいのか?」
「はい! 兄姫様に私の服を着ていただけるなんて、本望です!」
両手を合わせて感動している佐藤さんに対し、エヒメはジャンパースカートの裾を引っ張りながら、うーむと自分の体を検分した。
「うむ。胸回りが少し苦しいのと、ウエストが少し余っておるが、まあ、これで良い」
「ありがとうございます……っっ!!」
ディスられているのにもかかわらず、嬉しそうな佐藤さんだった。
「じゃあ、行ってくるよ。佐藤さん」
「うん、気を付けてね。」
彼女は見送りの笑顔を浮かべたまま、ふと何かを思いついたように俺の顔を覗き込んできた。
「ねえ、川崎さんだよね?」
「えっ?」
「ごめんなさい、なんでもないです」
佐藤さんは、何を言いたかったのだろう?
俺はそんな疑問を頭の隅に抱えながら、エヒメを連れて駅に向かった。




