第100章 旅立ちの結び目
第100章 旅立ちの結び目
山陽新幹線の発車メロディがホームに鳴り響く。
人混みの中で、エヒメを先に車内へと促し、俺も乗り込もうとしたその時。
クレハが、上着のポケットから小さな紙袋を取り出して俺の手に握らせてきた。
「紡くん、これ。アナハと一緒に作ったんや。お守りやで」
「お守り? ありがとな」
思わぬプレゼントに俺が目を丸くしていると、隣にいたアナハがすっと俺の耳元に口を寄せ、静かな、トーンで囁いた。
「主様。それを『アナハの物になった』と思って、肌身離さず持っていてくださいませ」
「……そこは普通、『わたしだと思って』じゃないのか?」
「アナハはいつでも大真面目ですわ」
フッと悪戯っぽく、微笑むアナハ。
ドアが閉まる直前、二人の伸ばした小さな手にそっと触れた。
「じゃあ……またな!」
重いドアが閉まる。
窓の向こうで手を振る二人を見送りながら、俺とエヒメを乗せた新幹線は、静かにホームを離れていった。
シートに腰を下ろし、俺はさっき渡された紙袋を開けてみた。
中から出てきたのは、丁寧に編み込まれた鮮やかな紐だった。
「へえ、和風でお洒落なミサンガだな」
輪を腕に通し、感心して眺めていると、隣の席でさっそく駅弁の蓋を開けていたエヒメが、俺の手元を覗き込んできた。
「紡。それは『組紐』じゃ。古来よりこの国で『人と人を結ぶ』『縁を結ぶ』という極めて強い神聖な意味を持つ装束の一部じゃ」
「ミサンガとは違うのか?」
「願掛けのルーツも組み方も違うな。ミサンガは『源氏組み』と呼ばれる平らな編み方が多いが、それは完全なる日本の伝統技術じゃ」
エヒメは俺の手元を覗き込み、組紐の一部を小さな指先で示した。
「ここの丸く立体的に編まれている部分、これは『小田巻』といってな。終わりも始まりもない形から『幸せを包み込む』『魂が宿る』という意味があるのじゃ」
「ここは『二重叶結び』じゃ。結び目の表と裏がそれぞれ漢字の『十』と『口』つまり 『叶』という文字になる。願いが叶うという縁起物じゃ」
「……凝っているなあ」
「やつら、わらわの衣のついでに、随分と手の込んだものを紡に贈ったものじゃな」
「へえ……。お前、なんか専門家みたいだな」
「専門家じゃ、服飾の神じゃぞ」
新幹線は夜の闇を切り裂き、アナウンスと共に目的の広島駅へと滑り込んだ。
ホームで俺の前を歩くエヒメ。
「着いたのう。行くか、紡!」
「ああ。急ごう。ホテルのチェックインが二十三時までだから、あんまりのんびりしてられないんだ」
スマホの時計を確認しながら俺が言うと、エヒメはふっと不敵な笑みを浮かべ、俺のジャケットの裾をぐいぐいと引っ張った。
「何を言うておる。二十三時までまだ少し時間があるじゃろ? ならば……『お好み焼き』ぐらいなら、まだ十分に間に合うではないか!」
「お前……さっき新幹線の中でがっつり駅弁食ったばかりだろ!? まだ食えるのかよ……」
「これも、旅の楽しみじゃ」
「はいはい……」
呆れつつも、エヒメの変わらない食欲にどこか安心しながら、未知なる広島の街へと一歩を踏み出した。




