第101章 ベッド二つ分の距離
第101章 ベッド二つ分の距離
駅近くの店で熱々の広島風お好み焼きを食べ、満腹になった俺たちは、ホテルのチェックイン締切時間ギリギリにフロントへと滑り込んだ。
エレベーターで客室へと向かう途中、エヒメが不満げに口を尖らせる。
「紡よ、このホテルの晩飯はもう出ないのか?」
「出ないよ。っていうか出ても、もう食えないよ」
「しかしのう、クレハは和歌山の旅館の夜に随分と贅沢な料理を喰ったと言っておったぞ? あやつばかり甘やかしおって」
「朝はビュッフェだから楽しみにしておけって」
「……そうか。そういうところが、おぬしの良い所じゃな」
そういうとエヒメは少し微笑んだ。
部屋のドアを開ける。
一歩足を踏み入れたエヒメが、その場で固まった。
「安いわりには、いい部屋だな。……どうした、エヒメ?」
「な、なんか……ベッドが二つあるな、紡」
「そりゃツインルームだからな。一人一部屋だと予算オーバーだし、我慢しろ」
「な、なんか…… ベッドが二つ並んでおるというのは……逆に破廉恥ではないか!?」
「なんでだよ! むしろ一つのベッドに二人で寝る方が問題だろ!」
「二倍だぞ、ベッドが……、つまり、破廉恥も二倍ということじゃろうが!」
「どういう思考だよ……」
エヒメの斜め上すぎる倫理観に、俺はどっと疲れを覚えながら荷物を置いた。
旅の疲れを癒やすため、大浴場の温泉に入り、先に部屋へと戻って涼んでいた。
しばらくして、エヒメが戻ってくる。ガラリとドアが開いた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
「ふぅ、良い湯じゃった」
そこにいたのは、いつもと全く違うエヒメだった。
長い髪は大人っぽくアップにまとめられ、ホテルの浴衣を寸分の狂いもなく、実に見事に着こなしている。
首筋から鎖骨にかけてのラインが白く気高く、普段の姿からは想像もつかないような、息を呑むほどの神聖な美しさがそこにはあった。
(……さすがは、服飾の神、か)
不覚にもドクンと心臓が跳ね、俺は慌てて視線を泳がせた。
「やはり、……なんか、落ち着かんのう、この部屋は」
エヒメは部屋を見渡す。
「俺の部屋より広いじゃないか」
「ああ、そうじゃな。しかし、その広い部屋のほとんどがベッドじゃぞ……」
「まだそんなこと言ってるのか。ほら、明日は早いんだからもう寝るぞ」
俺は電気を消し、自分のベッドへと潜り込んだ。
深夜。
静まり返った暗闇の中で、不意にカサリ、とベッドが小さく揺れ、布擦れの音がした。
続いて、すっと俺の布団の中に、滑り込んでくる温かい気配。
「……おい。お前までアナハみたいなことするなよ」
呆れ半分で声をかけると、隣に収まったエヒメは布団の中から顔だけを出して、小さく吐息を漏らした。
「やはり、この方が落ち着くな」
「仕方ないな……落ちるなよ」
俺は拒絶することなく、少しだけ体をずらした。
すると、エヒメは暗闇の中で、いつになく静かで、どこか愛おしそうな声を紡いだ。
「やはり……おぬしの傍らというのは、我ら神にとって、最も安心できる場所なのかもな……」
「そういうものか?」
「うむ。不思議と、全ての因縁から解き放たれるような、そんな心地がするのじゃ……」
エヒメはそのまま心地よさそうに目を閉じ、俺の腕のそばで小さな寝息を立て始めた。
俺は隣に眠るエヒメの温もりを感じながら、静かに意識を落としていくのだった。




