第94章 主様の想いが入っています
第94章 主様の想いが入っています
数日前の夜、俺はエヒメの前で『何度倒れても俺は立つ!』と熱く宣言した。
そして休日。有言実行とばかりに、俺は確かに『立って』いた。
——狭いワンルームのキッチンの真ん中に。
生地をこね、寝かす。
その間に、手際よく餡作りを進める。
隣では、タイトなミニワンピースの上にフリルエプロンという、色々な意味で限界突破した格好のアナハがボウルに入った豚ひき肉と格闘していた。
「よし、生地を等分して丸めたら、あとは餡を包んで蒸すだけだ!」
俺が麺棒で丸く伸ばした皮をアナハに手渡すと、彼女は小さなスプーンでちょこんと肉餡を乗せた。
だが、その量はどう見ても控えめすぎる。
「アナハ、もっとだ。もっと入れてくれ」
「えっ? でも、そんなにたくさん入れられたら……、溢れちゃいますわ……」
「大丈夫だからもっと。ぐっと膨らむから、これくらいパンパンじゃないと隙間ができちゃうんだよ」
「まぁ……そんなに。主様ったら、破れちゃう」
真っ赤になって身をよじるアナハを無視して、俺は彼女の手元を覗き込んだ。
「ほら、閉じるぞ。引っ張りながら、先をこう、つまんでひねるんだ」
「先をつまんで……!? こうですか、主様……っ!」
必死に指先を動かすアナハの横で、コンロの上の蒸し器の隙間から白い湯気を勢いよく吹き上げ始めた。
「熱いわ……っ!」
立ち込めた熱気にアナハが顔を背けた。
まさにその時だった。
バタン!! と、玄関のドアが勢いよく開き、鋭い声が室内に響き渡った。
「ちょっとあんたたち!! 昼間っから何やってんのよーーっっ!!」
そこに立っていたのは、いつもの……茅春だった。
お裾分けか何かのタッパーを片手に、湯気まみれの室内と、エプロン姿のアナハ、茅春は一瞬だけ完全にフリーズした。
「……あー。わかってたわよ、豚まんね。豚まん。手作りしてるのね。豚まん」
「また、何と勘違いしたんだよ?」
「してないわよ!ドアを開ける前から豚まんって分っていたわよ!」
顔を真っ赤にして必死に言い張る茅春。
そんな俺たちを他所に、蒸し器からはこれ以上ないほどジューシーで香ばしい、豚まんの匂いが大爆発を始めていた。
俺たちの目の前には、ふっくらと艶やかに仕上がった特製の豚まんが並んでいた。
さらに、茅春が持ってきてくれた『たたきキュウリ』を並べ、俺たちは改めてテーブルを囲む。
「……はぁ。なるほどね。クレハちゃん帰ったと思ったら、今度はアナハちゃんなわけね」
「まあ、そうなんだ……」
タッパーからキュウリを突きながらジト目を向けてくる茅春に、俺は引きつった苦笑いを浮かべるしかない。
「あ、でもこの『たたきキュウリ』、にんにくとごま油が利いててめちゃくちゃ美味しいな」
「……べ、別に、あんたのために作ったわけじゃないわよ。実家でキュウリがたくさん届いて、ちょっと作りすぎちゃっただけだから」
そう言ってぷいっと、わかりやすく顔を背ける茅春。
だが、その直後に彼女は小さな声でボソリと呟いた。
「……最近、紡が全然遊んでくれないから、やることなくて……」
ふと見ると、綺麗に叩かれたキュウリの隙間に、どう見てもすりこぎの物と思われる小さな『木片』が混じっていた。
すさまじい力と感情を込めてキュウリを粉砕した形跡に、俺の背中に冷や汗が流れる。
——どんだけ叩いたんだ、これ。
「あー、茅春、ごめんな。ここ最近、本当にちょっと色々と立て込んでてさ……」
「ふん、いいわよ別に。その代わり、今度ちゃんと埋め合わせしてよね」
分かりやすく機嫌を直して、豚まんをパクリと一口齧る茅春。
だが、もぐもぐと咀嚼しながら、彼女はふと純粋な疑問を口にした。
「っていうか、なんで急に豚まんを手作りなんてしてるのよ? あんた、そんなに料理凝るタイプじゃなかったでしょ」
大阪へ行ったことは、茅春には一切言っていない。
前回のクレハの時のように勘違いの修羅場になるのを防ぐためだ。
「いや、ほら。最近ちょっと、自炊をがんばってみようかなって思ってさ」
「へえ、そうなの? 紡が自炊ねぇ……。まあ、大変でしょうけど、がんばりなさいよ」
「そうなのですわ、茅春姉様……。本当に大変だったのですわ……」
それまで大人しく豚まんを食べていたアナハが、急に深い溜息をつきながら会話に割って入ってきた。
「主様が、急に『作る』って仰って……」
「でも、アナハのここにも、ちゃんと主様の『想い』が入っていますから、頑張れますわ」
そう言って、アナハは自分の平坦なお腹のあたりを、それはそれは愛おしそうに、両手で優しく撫でさすった。
「…………は?」
茅春の手から、箸がポロリと床へ落ちた。
みるみるうちに彼女の顔から血の気が引き、瞳が驚愕と絶望に染まっていく。
「た、立て込んでるって……そういう意味……っ!? 紡、あんた、だから急に料理をはじめただなんて、それって、それってつまり――っ!!」
「落ち着け茅春!! 違う!! 今のはさっき食べた『おにぎり』の話だ!!」
茅春は俺の肩を掴み、必死に揺さぶるのだった。




