第93話 作戦会議は豚まんのあとで
第93話 作戦会議は豚まんのあとで
あの騒がしい夜から数日後の休日。
時計の針が昼過ぎを回った頃。
ようやく寝室から気だるげに姿を現したエヒメが、ふぁあ、と大きなあくびを噛み殺しながら言った。
「おはよう、紡。……よし、作戦会議じゃ」
「……おう。やっとやる気を出したか」
前髪を少し直しながら、いつになく真剣な表情を見せるエヒメ。
千々姫様から託された『上の姉神』の件について、ついに具体的な方針が語られるのだろう。
俺は背筋を正し、エヒメとテーブルを挟んで向かい合った。
エヒメは腕を組み、ふむ、と一つ頷く。
「……よし!」
「おう。どこから動く?」
「まずは腹ごしらえじゃ」
「やっぱりそうなったか!!」
神のやる気は1秒と持たなかった。
呆れ果てて肩の力を抜いたが、昼飯時なのは確かだ。
「なんでもいいか?」
尋ねながら冷蔵庫を開けてみるが、あいにく大した食材は残っていない。
俺は少し考えてから、炊飯器の米をボウルに移した。
「おにぎりでいいか? ちょっと待ってろ」
手早く作ったのは、先日の和歌山の強行軍で買ってきたお土産の残りを使ったおにぎりだ。
贅沢に叩いた『紀州梅』、『釜揚げしらす』、そして『金山寺味噌』をそれぞれ具材にして、温かい米でふんわりと結んでいく。
テーブルに並べられた出来立てのおにぎりを、エヒメ、アナハ、そして俺でさっそく頬張った。
「うむ! 美味いではないか、紡! 米の硬さも塩加減も絶妙じゃ!」
「そうだろ。俺の特別な『想い』が込めてあるからな」
「……主様の『想い』」
「いや、ただの具材がお土産の残り物って意味だけどな? アナハ、頼むから飯の時に限界突破しないでくれ」
調子に乗った俺が完全に悪かった。
とはいえ、二人が美味そうに食べてくれたことで気を良くした俺は、おにぎりをペロリと平らげたエヒメに尋ねた。
「で、気が早いけど夜は何が食べたい? 」
すると、エヒメは目をキラキラと輝かせ、テーブルをバンと叩いた。
「あれを再現するのじゃ!」
「あれってなんだよ」
「決まっておろう、この前食べた『豚まん』じゃ! あのジューシーで玉ねぎの甘みが詰まった、551のやつをな!」
「この前食べたばっかりだろ! しかもあれ、家で再現するのめちゃくちゃハードル高いぞ!?」
「だから、『今』なのじゃ!あの食感や味を忘れぬうちに再現するのじゃ!」
「作戦会議は『今』じゃないのか?!」
エヒメの期待の目が俺を捉えて離さない。
さらに、隣に座るアナハまでもが、身を乗り出してきた。
「主様、アナハもお手伝いしますわ! 二人で一緒に愛の肉……」
「お前が手伝うと別の意味で危険な気がするが……」
「はぁ、分かったよ。じゃあ、薄力粉と豚ひき肉を買いに行くか」
立ち上がり、財布とエコバッグを手にする。
玄関へ向かう二柱の楽しそうな後ろ姿を見送りながら、俺はふと我に返って心の中で全力のツッコミを入れていた。
——おい、それで結局、作戦会議はどうなったんだよ……っ!
神々の胃袋に完全に主導権を握られたまま、俺たちの休日は、お家で本格豚まん作りツアーという名の平和な日常へと流されていくのだった。




