第91章 綻んだ土産の糸
第91章 綻んだ土産の糸
泉大津の夜の街角。俺は一軒の店舗の前で、頭を抱えて激しく立ち尽くしていた。
視線の先にあるのは、可愛らしい看板が掲げられた洋菓子店……『ぷりんとちーずの菓子工房 菓なで』。
大阪池田を出発する前、エヒメに「目的地は泉大津の泉穴師神社だ」とパソコンからメールを送ったのが、すべての間違いの始まりだった。
プリンもチーズケーキも大好物なあのエヒメが、衣服の街の有名スイーツ店を把握していないはずがなかったのだ。
必死に歩いてきたというのに、無情にも店のガラス扉の向こうは既に暗く、営業時間は終了していた。
「……終わってる。神域に近づく前に、エヒメへの土産ルートがここで断絶してしまうなんて……」
手ぶらで東京の我が家に帰った瞬間、どんな大説教が待っているか想像するだけで胃が痛い。
そんな俺の絶望を他所に、隣に立つアナハはクスクスと愉しそうに笑っていた。
「そんなに焦らなくとも、明日また出直して買いに来たらよろしいじゃないですか?」
「それができたら苦労しないよ……。今回は池田から先の行き先が決まってなかったから、今夜のホテルをまだ予約してないんだ。早く大阪市内まで戻らないと」
「あら? ホテルでしたら、すぐ近くにちょうど良さそうなところがありますわよ?」
アナハは俺のポケットから慣れた手つきでスマホを抜き取ると、画面を素早くタップし始めた。
人文学の神としての検索能力を発揮しているのか、すぐに画面を俺に突きつけてくる。
「主様! 『空き部屋残りわずか』となっておりますわ! 早く決めないと、今夜は二人で路頭に迷うことになりますわ!?」
「お、おう、どれどれ……」
アナハが差し出してきた画面を覗き込む。
そこに映し出されていたのは、泉大津の夜にきらびやかにライトアップされた、どう見ても中世の古城を模した外観のホテルだった。
……俗に言う、大人のための休憩宿泊施設である。
「……そうだと思ったよ」
「嫌ですわ主様、アナハはただ、主様がゆっくりとお身体を休められる広大なおベッドがあるお部屋をお勧めしただけで……」
「はいはい、お城のことは忘れて大阪駅まで戻ろうな」
「あなたのアナハの可愛いおねだりでしたのに……」
スマホを奪い返し、駅の方へと歩き出した俺の背後で、アナハはあからさまにつまらなそうな顔をして唇を尖らせていた。
結局、泉大津でお土産を買い逃した俺は、大阪駅の売店でなんとか別の名物を滑り込みで確保し、夜遅くに東京のワンルームへと帰り着いた。
ガチャリとドアを開ける。
「ただいま……」
「戻りましたわ、主様のお城へ!」
「おう、紡。……って、アナハ、おぬしやっぱり付いてきおったか」
リビングに入ると、テレビをつけたままベッドに寝転がっていたエヒメが、怪訝そうな顔で俺の背後から現れたアナハを睨んだ。
「このワンルームに、三人体制はそろそろ限界じゃないか? 」
「数え方としては一人と二柱というのが正解じゃな。まあよい、そんなことより紡、どうじゃった?」
「会えたよ。世界の形を織る神様だけあって、凄いオーラだった」
「いや、そっちは後でよい。……我の『ぷりんとちーずけーき』は買えたのか?」
「やっぱりそっちか……。悪い、どうしても閉店時間に間に合わなくてな」
エヒメからの説教を覚悟して、俺は白状した。
しかし、エヒメはフンと鼻を鳴らすと、意外なほどあっさりとベッドに座り直した。
「そうか、それなら仕方ないのう」
「え……? それだけか? 」
「何を言っておる。買えなんだら、後でネットでポチればよいだけの話じゃろ」
「ネット通販の味を覚えやがって……!」
俺のこれまでのハラハラを返してほしい。
呆れつつも、俺は代わりに駅で買ってきた大阪名物『551の豚まん』をテーブルに置いた。
箱を開けた瞬間に広がる、あのジューシーな玉ねぎと豚肉の香りが部屋を満たす。
温かい豚まんを三人……一人と二柱で頬張った。




