第87章 お迎えにあがりましたわ
第87章 お迎えにあがりましたわ
クレハが去っていき、夕暮れの境内には俺とアナハの二人が残された。
アナハからの二股疑惑をなんとか受け流し、俺はベンチから立ち上がって衣服の埃を払った。
「じゃあアナハ、明日の朝、またここに迎えに来るから。明日からよろしくな」
歩き出そうとした俺の服の裾を、アナハの細い指がギュッと掴んだ。
「……主様。どこにいかれるのですか?」
「どこって、俺は駅前のカプセルホテルかビジネスホテルにでも泊まるよ」
「主様は……このアナハを、夜の暗い境内に……一人きりで……置き去りにするのですか……?」
アナハは、みるみる涙を溜め、この世の終わりかのように哀れに訴えかけてくる。
「『境内放置プレイ』ですか? 主様はそんな歪んだ性癖をお持ちだったのですか……っ!」
「お前の神社だろ! ホームグラウンドだろ!! ……じゃあ、また明日な!」
俺は、掴まれた手を優しく振り払い、そそくさと伊居太神社を後にした。
翌朝。
カプセルホテルの、あの独特なカプセル型の狭い空間の中で、俺はパチリと目を覚ました。
しかし、寝返りを打とうとした瞬間、身体に妙な重みと、すぐ至近距離から規則正しい寝息を感じて凝固した。
恐る恐る横を向く。
そこには、俺の薄い掛け布団を半分奪い、今起きたばかりの眠そうな目をこすりながら、うっすら笑うアナハの顔があった。
「……アナハ。お前、何してんの?」
「ふはぁ……主様。お、お迎えにあがりましたわ……」
「嘘つけ、昨晩からずっとここに居ただろお前」
大人一人が寝転ぶのがやっとの狭すぎる密閉空間に、いつの間にか神様が添い寝していた。
「おい、ホテルの人に見つかったら一発でアウトだからな! ちゃんとフロント通ったんだろうな!?」
「ふふん、心配御無用ですわ。隠密行動は『このアナハ』の最も得意とする分野です……『あなたのアナハ』の、ですわ」
「いちいち寝起きに言い換えをしなくていいから!」
早朝から心臓に悪いイベントをこなした俺は、アナハを連れてカプセルホテルをチェックアウトした。
駅前のロータリーに出たところで、俺は気を取り直して尋ねる。
「それで、アナハ。千々姫様の居場所はわかるのか? 俺たちはこれから、どこに向かうんだ?」
「そうですね……。主様の糸を手繰ったところ、『泉大津』……」
「いえ! 違いますわ! 北海道、あるいは沖縄ですわ! ううん、いっそのこと海外のオシャレなリゾート地でもいいですわ!」
アナハは急に慌てだして、両手を振ってはぐらかし始めた。
旅路を少しでも長引かせようという魂胆が丸見えだった。
「おい、最初に『泉大津』って思いっきり言ったよな?」
俺の冷ややかな指摘に、アナハは肩を落とし、前髪をいじりながら不満げに唇を尖らせた。
「……仕方ないですわね。……ええ、そうですわ。千々姫様へ繋がる主様の糸は、大阪の南方、泉大津の方へと強く伸びていますわ」
はぐらかしに失敗してちょっぴり拗ねるアナハの手を引いた。
俺たちは次なる目的地……泉大津へと向かう電車に乗り込むのだった。




