第85章 相棒と故郷へ
第85章 相棒と故郷へ
和歌山の強行軍から数日が経った、ある夜のこと。
いつものようにベッドを半分こして横になっていた時、隣のクレハがぽつりと呟いた。
「紡くん……ウチ、もうそろそろ、限界やわ……」
いつも明るい彼女が、少し俯いて寂しそうな顔をみせる。
その表情に、俺の心臓がドクンと跳ね上がった。
「クレハ……? 限界って、体調でも悪いのか……」
「そうじゃな、そろそろ戻らんと神事があるからのう」
風呂上り、有田みかんジュースを片手にエヒメが、俺の心配を遮るように淡々と言った。
「神事……のこと……か?」
「うむ。クレハも一柱の土地神じゃからな。これ以上、東京でおぬしの居候をしておるわけにもいかぬのじゃ。……というわけじゃ、紡。次の連休を使って、おぬしも一緒に大阪まで行け」
「大阪……? クレハの地元か?」
「そうじゃ。そして、向こうでアナハと合流し、淡島様の言っていた『栲幡千々姫命』と会うのじゃ」
「そうやね。アナハのところは、ウチのすぐ近所やし。一緒に連れてってあげるわ」
クレハはいつもの笑顔を取り戻して、ベッドの上で小さく拳を握った。
別れが近いのは寂しいが、物語の糸は確実に次の目的地へと向かって伸びているようだった。
数日後。俺は連休を使い、クレハと共に大阪へと向かう電車の中にいた。
車窓から流れる景色を眺めながら、俺はふと気になっていたことをクレハに尋ねた。
「なぁ、大阪に行けば、『栲幡千々姫命』様の居場所が分かるのか?」
「うん。アナハやったら『縁(糸)』が見られるから、千々姫様の居場所もわかると思うわ」
クレハの言葉に、俺はかつて出会ったアナハの姿を思い出す。
いつも前髪で隠されている、あの不思議な片目。
人や神のあらゆる因縁を「糸」として視認できるあの能力なら、最高神の居場所も見抜けるはずだ。
「……ウチ、役に立てんでごめんな?」
クレハが少し申し訳なさそうに視線を落とす。俺は大きく首を横に振った。
「何を言ってるんだよ。クレハがいてくれて本当に助かった」
クレハとの旅を思い返すと、自然と胸の奥が温かくなる。
「本当にありがとうな、クレハ。お前が相棒で良かったよ」
「紡くん……」
俺の言葉に、クレハは一瞬だけ顔を赤くして、それから何かを深く決意したように、ぐっと力強く胸を張った。
「よし! 任せとき! また茅春さんに何か誤解されるようなことがあったら、その時はウチが最初から最後まで、ちゃーんと説明したるからな!」
満面の『やり遂げた笑顔』で、自信たっぷりに親指を立てるクレハ。
——お気持ちだけで、結構です。
そう心の中で全力の悲鳴を上げながらも、俺は静かにアナハとの再会への覚悟を決めるのだった。
大阪府池田市。電車を乗り継いで辿り着いたその街は、どこか懐かしく、穏やかな空気が流れていた。
駅から少し歩いたところで、クレハが足を止め、緑に囲まれた厳かな社殿を指差した。
「紡くん、見えてきたで。この下の宮が、ウチのいる『呉服神社』や。そんで、このすぐ近くの高台にある上の宮が、アナハの『伊居太神社』やねん」
「へえ、下の宮と上の宮か。本当に目と鼻の先なんだな。二人は普段からよく会うのか?」
「うん! 一年に一度、そういう特別な神事もあるんよ。ウチの御神体を神輿にのせて、上の宮のアナハのところまで坂を登って会いに行くんや」
「ウチとアナハはな、二人で一対の神様として、ずっとこの土地で大切に祀られとるんよ」
クレハは誇らしげに笑うと、俺の手を引いて坂道を高台へ登る。
そこに佇む伊居太神社は、息を呑むほどに立派で静穏な空気を纏っていた。
「すごく立派な神社だな……」
境内には歴史を感じさせる立派な本殿だけでなく、いくつもの小さな祠や建物が整然と並んでいた。




