第84章 やり遂げた笑顔
第84章 やり遂げた笑顔
クレハは自信に満ちた顔で話はじめた。
「えっとなぁー、人の居ない寂しい山道でのことやったんやけど……」
——クレハ、そこは『怪異』の話だ。茅春に『機尋』の話はまずい……。
「そこでな、紡くんが突いたり、縛ったりするのかって?迫ってくるの」
「……えっ?」
茅春の顔が、一瞬にして引きつった。
——違う! それは怪異『機尋』が俺たちの前に現れて、その針や糸で攻撃してくる時の台詞だ! 俺がクレハに迫ったわけじゃない!!
俺の焦りを他所に、クレハの天然マシンガントークは止まらない。
「それでな、後ろから『付いて』きたんや」
「う、後ろから……『突いて』……?」
「そや。でな、ガードレールに手をついてな、『ハァハァ』したんや」
「『ハァハァ』した……っ!?」
茅春の目が、驚愕と羞恥で限界まで見開かれる。
——クレハ、ただの全速力で逃げた後の息切れの話なのに、主語が抜けているせいで完全にあっちの意味に聞こえてるから!!
俺は慌てて止めに入ろうとしたが、クレハは片手をすっと出して俺をなだめるように阻止した。
その瞳には、『大丈夫や、ウチにまかせとき!』という絶対的な自信が満ちている。
……いや、全然大丈夫じゃない。
「そんでな……結局な、行っちゃったんや」
「イッちゃった……っ!!???」
茅春の声が裏返った。違う、怪異が何もせずにどこかへ去って行ったって意味だ!!
「その後すぐに紡くんが、めちゃくちゃ恥ずかしいって言って、上から服を羽織って隠したの」
——クレハが言っているのは、あのハートマークTシャツを隠すためにパーカーを着たという話だ。
「そりゃ、恥ずかしいでしょーーーーーっっ!!!」
ガタァッ!!! と、茅春が猛烈な勢いで立ち上がり、リビングのテーブルを叩いた。
その目は完全に、この世の邪悪を全て滅ぼさんとする修羅のそれだった。
「つ、む、ぎぃぃいいい!!! あんた、人の居ない山道で、クレハちゃんをガードレールに押し付け……て……」
「突いたり縛ったりハァハァして……イッてから恥ずかしそうに服を着たてぇぇぇえええええ!!!???」
「違う! 違わないけど、違うんだ茅春!!!」
東京の我が家に、和歌山の怪異よりも遥かに恐ろしい人間の大絶叫が響き渡る。
確かに、『怪異や神』のことは一切言っていない。
言いつけは守られている。
しかし、その主語が抜けたことでクレハは、わざとではなく、天然100%の言葉足らずで、結果的にアナハの百倍タチの悪い超弩級の爆弾を投下した。
クレハはバウムクーヘンをモグモグさせながら『やり遂げた感』を見せた。
俺に向かい、親指を立てて見せた笑顔は、『どうや紡くん。神様や怪異こと、一言も言わんかったやろ?』と言わんばかりだった。
その後、俺は死に物狂いで弁明した。
あの山道で『機尋』を『野生の獣』に変換して、そいつを『木の棒』で突いたり『ツル』で縛ったりしようとしたことに。
全速力で逃げてガードレールでハァハァと息を切らしたこと。
諦めた獣がどこかへ行ってしまったこと。
そして、逃げる時に枝に引っ掛けて服がボロボロに破れて恥ずかしいからパーカーを着たこと――。
すべてを『凶暴なイノシシの仕業』という体にして、俺はなんとか茅春を納得させた。
――まだ、ギリギリ嘘じゃない……主語をすり替えただけで、起きた現象としては嘘じゃないはずだ……!
青天の霹靂じみた大説教を食らい、心身ともにボロ雑巾のようになった俺は、そう自分に言い聞かせて無理やり納得するしかなかった。




