第83章 クレハ、頼んだぞ
第83章 クレハ、頼んだぞ
和歌山ラーメンをすっかり平らげた後、俺とクレハは、エヒメと佐藤さんに今回の旅の全貌を話した。
「そうか、色々大変じゃったな。まさか『機尋』の本尊まで引き寄せるとはな。クレハご苦労じゃったな」
エヒメが呆れたように、だけどどこか感心したように鼻を鳴らす。
「川崎さん、呉織様、本当にありがとうございました。わざわざ和歌山まで……私、もっともっと、お洋服作りの修行を頑張ります!」
佐藤さんは心からの笑顔を浮かべ、何度も頭を下げた。
「いつも佐藤さんには美味しいご飯作ってもらったり、お世話になってるから。少しでもお返しが出来て良かったよ」
佐藤さんは、すっきりとした表情で自分の部屋へと帰っていった。
「……さて」
「紡、問題はおぬしの事じゃ。淡島様ほどの御方が、わざわざ『栲幡千々姫命』に会わねばならぬ、と言い出すとはな……」
「なぁ、そのタクハタチヂヒメって、どんな神様なんだ? 俺は名前すら聞いたことがないんだけど……」
エヒメが腕を組んで解説してくれる。
「七夕の『織姫(織女星)』と同一視されることもあるが、本質は機織や繊維、衣服を司る我が国の最高峰の女神じゃ」
「天照大御神の御子と結婚し、天孫降臨で有名なニニギノミコトの母神でもある、超のつく有名人じゃな」
「日本の神話のど真ん中にいる神様じゃないか……。そんな凄い神様、一体どこに行けば会えるんだ? 」
「そこじゃな、紡。どこにおられるかが問題なのじゃ」
「やっぱり、滅多に祀られていない珍しい神様なのか?」
「逆じゃ」
エヒメは深くため息をついた。
「格が高すぎて、全国に祀られすぎておるのじゃ。多すぎてどこが『本命』かわからぬ」
クレハが身を乗り出して言う。
「関西にも、大阪の泉州の『泉穴師神社』にも祀られとるし、京都の衣笠の方にも、奈良の葛城の方にも由緒ある神社ならたくさんあるわ」
選択肢が全国規模に広がりすぎて、どこから手を付ければいいのか全く見当がつかない。
頭を抱える俺を見て、エヒメはフッと不敵な笑みを浮かべた。
「……まあ。おぬしの縁(糸)があれば、 どこに行っても出会えるやもしれんな」
「……結局、お前はいい加減だなあ」
翌日、連休明けのオフィスに出社した。
予想はしていたが、茅春の怒りはまだ全く収まっていなかった。
それどころか、俺の顔を見るなり、周囲に聞こえないような低い声で宣言してきた。
「今日、仕事が終わったら紡の部屋に行くからね!」
完全にガサ入れのノリだ。
だが、俺も今回はただ怯えているだけではない。
対策はバッチリ講じてある。
家を出る前、クレハには『茅春には神様や怪異のことは絶対に秘密だからな』と、何度も固く釘を刺しておいたのだ。
あのアナハのように、面白がってわざと破廉恥な勘違いを誘うような言い方は、実直なクレハなら絶対にしないはずだ。
そこだけは全幅の信頼を置いている。
そして退勤後。
予告通り、茅春は俺の背後にぴったりと張り付くようにして、我が家までついてきた。
「おう、茅春よ。よく来たな。ちょうど今から『生バウムクーヘン有田みかん』を食べようとしてたところじゃ」
リビングの扉を開けるなり、お土産の箱を抱えたエヒメが呑気に出迎える。
「ご飯のあとにしろよ、エヒメ」
茅春は呆れつつも、腕をまくって手際よく夕食の支度を手伝ってくれた。
和歌山で買ってきた『釜揚げしらす』と『金山寺味噌』、そして茅春が作ったおかずが食卓に並ぶ。
新鮮なしらすの塩気と旨味、甘辛い味噌のコクが絶品で、旅の疲れも忘れてご飯が猛烈に進んだ。
そして食後。
お目当ての『生バウムクーヘン有田みかん』を切り分け、全員で食べている最中、茅春がフォークを置いてゆっくりと口火を切った。
「それで、クレハちゃん。……和歌山で、一体何があったの?」
——よし、クレハは対策済みだ。
俺は『頼んだぞ』と無言のシグナルを送るように、クレハとしっかりと視線を交わした。
クレハはコクンと深く頷き、いつもの真っ直ぐな瞳で茅春を見つめ返した。




