第81章 神への縁(いと)
第81章 神への縁
「ウチには、アナハのような特別な目はあらへん。そやけど、あなたを守るために糸を手繰ったんや……。あなたを守りたい」
クレハが静かに、だけど真っ直ぐな瞳で俺にそう告げた。
「ありがとう、クレハ。ちゃんと守られてるよ」
俺が微笑んで答えると、彼女は少し照れたように、だけど嬉しそうに微笑んだ。
「……もうすぐ、姿をお見せになるわ」
クレハが機織り機へと向き直り、たった今織り上げたばかりの、手のひらサイズの小さな白い反物をすっと取り出す。
「織恵ちゃんから預かった針を、これに……」
「ああ、分かった」
俺はポケットから、佐藤さんに託された、あの折れた針たちの入った小さな袋を取り出した。
そして、クレハが差し出してくれた清らかな白い布の上に、それらを優しく包み込む。
その瞬間、周囲の霧が風もないのに一方向へ流れていった。
霧の向こうから、圧倒的な神聖さと、すべてを包み込むような慈愛に満ちた気配を纏った、一柱の美しい神が姿を現した。
「久しいのう、呉織」
「ご無沙汰しております、淡島様」
クレハが恭しく頭を垂れる。この御方こそが、裁縫上達と針供養の最高神、淡島様だ。
淡島様の穏やかな視線が、クレハの隣に立つ俺へと向けられる。その瞳は、俺の過去も未来も見透かしているかのように深く、澄んでいた。
「来た理由は分かっておる、紡とやら……。それをこちらへ」
「……はい」
俺は一歩前に進み出ると、折れた針を大切に包んだ布を、淡島様へと両手で差し出した。
淡島様はそれを優しく受け取ると、布の上からそっと愛おしそうに指先で触れ、ふっと目を細めた。
「なるほどな……。弟媛は、人の子にちゃんと自らの技法を継承しておるな」
俺に、淡島様はふくよかに微笑んだ。
「案ずるでない。道具が折れたのは、一過性の歪み(ひずみ)に過ぎぬ」
「今後も精進を重ねれば、その子は立派なものになるであろう。その折れた針は、我がここでしかと供養しておこう」
「……ありがとうございます」
これで佐藤さんに良い報告ができる。
肩の荷が下りた俺は、心から安堵の息を吐いた。
しかし、淡島様の微笑みは、次に俺をじっと見つめた瞬間、少しだけ厳かなものへと変わった。
「それより……我が気になるのは、おぬしの方だな、紡よ」
「え……俺、ですか?」
「おぬしの身に絡みつく、神への縁が強すぎる。すでに人の領域を大きく超え、あまりにも深く神々の世界と結びつきすぎておるな」
淡島様の言葉が、静かな空間に重く響く。
「紡よ、『袴幡千々姫』に会い、助言をもらうが良い。おぬしがこの先、その強すぎる縁に呑まれぬためには、あの御方の知恵が必要となるであろう」
「タクハタ……チヂヒメ……」
初めて聞くその神の名を俺が呟いた瞬間、淡島様の姿は、温かな光の残照だけを残して、かき消えるように消え去っていった。
俺の声が、静まり返った夢の世界に虚しく響く。
佐藤さんの問題は解決した。
しかし、それと引き換えに、俺自身の運命の糸がさらに先へと手繰り寄せられていくのを、確かに感じていた。




