第8章 役目を終えた神
第8章 役目を終えた神
俺が三ヶ月もの時間を費やし、迫るレイドボス戦のためにコツコツと積み上げてきた最強の重装備。
巨大なモンスターの前に凛として立ちはだかるその背中。
ギルドメンバーを支える最強の壁となり、誰もが憧れ、この世界の『神』とまで称えられた俺のキャラクター。
ひらひらとした【ピンクのメイド服】を身にまとって……。
「おい! また新しいコスチュームに変わってるぞ!」
「よいよい、感謝の言葉など不要じゃぞ」
「……俺の激レアアイテムを勝手にトレードに出して交換したんだろ!」
「あれくらいのものなら、野良パーティでダンジョン周回すればすぐ手に入るわ」
頭を抱えながら、モニターの中のアイテムボックスを開いた。
そこには、俺が見たこともない最高峰のレアアイテムや極上素材がずらりと揃っていた。
「お前、ゲームだけは器用だな」
「誰に向かって言っておる、我の指は神の指じゃ」
エヒメが、きな粉を盛大にまき散らしながらわらび餅を頬張り、自慢げに胸を張った。
「……じゃあ、お願いだからきれいに食べてください。掃除が大変なんで」
俺がウェットティッシュでテーブルの上のきな粉を拭き取っている間も、エヒメの『神の指』は休むことなく、それをまき散らし続けていた。
画面の端で、ギルドチャットが跳ねた。
『おいツムギ、お前昨日の野良周回で、全サーバー数個限定の「天蚕の聖盾」をドロップさせたってマジか!?』
『しかもそれを装備して、ピンクのメイド服でボスをソロ討伐してたって噂が流れてるぞ……』
『ツムギ、お前もう完全にそっちの道の神として生きていくんだな……』
「お前がログインすると、毎回俺の評判が奈落に落ちていくんだけど……」
「そういえば……前に佐藤さんと俺が、お前を引っ張り出したって言ってただろ」
「そうじゃが? それが何か?」
「佐藤さんは、なんとなく分かるよ。彼女は服飾の学生だし、お針子だからな」
「ふむふむ、あやつは良いお針子になるぞ」
「じゃあ、俺は? ファッションにも服飾にもこれっぽっちも縁がないぞ」
「……ふむ。お前、本当に気づいておらぬな」
エヒメは腕を組み、静かに目を伏せた。
……一瞬、奇妙な静寂が流れた。
やがて、ゆっくりとまぶたを開けた彼女は、鋭い眼光で俺を見つめた。
「『最強の衣(レア装備)』を求める飽くなき執念! それと冷蔵庫の、毎日新鮮な菓子や乳酸菌飲料の『お供え』じゃな」
「……聞いてすまなかった」
しかし、エヒメの言うことには一理あった。
佐藤さんの、職人のような凄まじい創作への情熱。
そして、俺のデジタルなレア装備への熱狂的な祈りと、無自覚な冷蔵庫へのお供え。
忘れ去られた信仰を、俺たちは知らずに拾い上げていたのかもしれない。
「……元の場所に、戻りたいか?」
口にしてから、少しだけ後悔した。
「……我には、三人の姉妹がいた」
エヒメは静かに、遠い空を見つめるようにつぶやいた。
「……姉妹で一緒に、海を越えてきたのか?」
「我らがこの国に来た時、この国の民は、ごわごわした麻や植物の皮を剥いだ粗末な服をまとっておった」
「我らが極上の絹糸と高度な染色、縫製の技術を持ち込んだのじゃ」
「……そうなのか。俺は当たり前に服なんてあると思っていた」
「そうじゃな、もう我ら姉妹の力を借りずとも、この国は大丈夫じゃ」
どこか遠い時代を振り返るような、寂しげで、それでいて慈愛に満ちた声だった。
「……だから、祠が空き箱みたいになっても、気にしなかったのか?」
「気にするも何も、役目を終えたのじゃ。寂れるということは、それだけ民の暮らしが豊かになり、我らの手が不要になったという証」
「神にとって、これほどの誉れ(ほまれ)はないわ」
「そんなこと……寂しいこと言うなよ」
「よいのじゃ、いずれ消える運命じゃ」
「何言ってるんだよ、急に」
「……近いうちにな」
「……」
「それまでは……もうしばらく、お前の世話になるぞ」
何も言えなかった。
俺ごときが、何かを言う資格なんてないと思った。
千年の役割を全うし、静かに消えようとしている神様に対して、一介のネトゲ廃人でしかない俺が言える言葉なんて、何ひとつ持ち合わせていなかった。




