第79章 誤解しか生まれない電話
第79章 誤解しか生まれない電話
部屋をそっと抜け出した俺は、寝る前に茅春へ電話を入れることにした。
これ以上、要らぬ疑いをかけられないためのリスクマネジメントだ。
クレハと遠出していることをあらかじめ自分の口から伝えておこうと思ったのだ。
大浴場付近にある、自販機やマッサージチェアが並んだ薄暗いリラックスルームへ移動する。
ついてきたクレハが、隅に置かれた年季の入った革張りのマッサージ機を見つめる。
「わぁ、これやってみたい!」
目を輝かせた彼女に、俺は財布から五百円玉を取り出して彼女に手渡す。
コール音が数回鳴った後、茅春が電話に出た。
『もしもし、紡? こんな夜遅くにどうしたのよ?』
「連休の間、ちょっと用事というか……わけあって、今クレハと遠出してるんだ」
『……は? クレハちゃんと? もしかして、泊まり?』
スマホの向こうで、茅春の声のトーンが露骨に一段下がったのがわかった。
俺は背中に冷や汗をかきながら、必死に言葉を紡ぐ。
「そ、そうだけど、寝る場所は別々だからな! そこは安心してくれ!」
嘘は言っていない。
部屋は同じだが、布団は綺麗に二組に分かれている。
一人一組のスペースが確保されているのだから、寝る場所は物理的に別々だ。
その時、俺のすぐ横でマッサージ機と格闘していたクレハが、困ったような声をあげた。
どうやらその古い機械は百円玉専用だったらしく、さっき渡した五百円玉が入らないようだ。
「紡くん……大きくて入らへん……」
「あ、悪い。それ(五百円硬貨だと)ダメみたいだ。ほら、これ」
俺は慌ててポケットから百円硬貨を取り出してクレハに手渡す。
「……え?」
電話の向こうの茅春が息を呑む気配がしたが、俺はそれに気づく余裕がなかった。
「……あ、入ったわ」
ガコン、と重々しい音がして、古いマッサージ機が起動する。
クレハがシートに深く身体を預けると、揉み玉が一斉に動き出した。
「わっ……動いて……る……!」
「初めてか? 痛かったらすぐ止めろよ」
「うううん……あぁ……気持ちええ……わぁ……」
今日の逃走の疲れが一気に刺激されたのか、クレハはとろけそうな声を漏らして目を細める。
さらに、ふくらはぎを挟み込むエアー足揉み機能が作動した。
「ふぁっ……んん、そこ……そんなとこ……まで、グイグイ……くるんやね……っ」
静かなリラックスルームに、クレハの艶っぽい吐息が響き渡る。
その瞬間、俺は自分の犯した、取り返しのつかない致命的なミスに気がついた。
夜の旅館。遠出。寝る場所は別々という苦しい言い訳。
そこへ重なる、クレハの艶っぽい音声。
——やってしまった……。
『つ、……紡ぃいい!!!』
鼓膜が破れんばかりの絶叫が、スピーカーから爆発した。
『あんた、用事とか言い訳して、旅先でクレハちゃんに一体何をしてるのよっ!!?』
「違うんだ茅春! これはマッサージなんだって!!」
『マッ……マッサージ!!??今すぐそのふしだらな行為を辞めなさーーーい!!!』
「違う!違わないけど、マッサージ機なんだ」
俺は、『厄除け』の『猪の目』の刺繍のTシャツを着ておけばよかったと後悔する。
俺は和歌山の温泉地で、怪異『機尋』に出会った時以上の絶望と恐怖に、ただただガタガタと震えることしかできなかった。




