第71章 別に好きじゃない
ここから73章までは,視点を茅春目線です。
いつも勘違いし、暴走する彼女の思考をお楽しみください。
第71章 別に好きじゃない
最近、わたしには人知れず深い悩みがある。
同じ会社で働く同僚、川崎紡という男のことだ。
別に好きとか、そういう話じゃない。
……たぶん、違う。
ただ、どうしても納得がいかないのだ。
あいつは普通の会社員のくせに、その周りには、次から次へと可愛い女の子が集まってくる。
引きこもりゲーマーの姉、エヒメちゃん。
紡を『主様』と呼んで盲信する、清楚な妹のオトちゃん。
さらにその下には、紡への独占欲が服を着て歩いているようなヤンデレ気質のアナハちゃん。
そこへ加えて、たまに夕食を作りに来るという、紡の隣の部屋に住む服飾学校の学生、佐藤さん。
彼女は恋人でもないのに、紡の部屋の合い鍵まで持っているらしいのだ。
そして何より、最近新しく増えたクレハちゃん。
わたしは彼女を警戒している。
アナハちゃんの姉だと紡は紹介してくれたけれど、見た目のタイプが違うというより、全然似ていない。
何より、紡と親しすぎる感じが、どうにも怪しいのだ。
この前、オムライスに描いていた『猪の目』とかいう謎の文様。
伝統文様だなんて解説していたけれど、あんなのどう見てもハートマークに決まっている。
あの引き締まった無駄のない美脚と腹筋を武器に、紡を誘惑しているに違いない。
その日の朝。
紡から会社のチャットに、『体調不良のため本日は休みます』という連絡が入っていた。
わたしは、帰宅のついでに、お見舞いに来た。
よし、と息を整え、意を決してチャイムのボタンを人差し指で押し込む。
ピンポーン。
「はーい、クロネコさんかー?」
中から聞こえてきたのはクレハちゃんの声だった。
——『飛脚』じゃないんだ。
ドアが開くと、やっぱりあの白いスポーツブラに黒の短パン姿のクレハちゃんが顔を出した。
「あ、茅春ちゃんやん! 紡くんなら今おらへんけど……まぁまぁ、上がって上がって!」
「えっ? あ、お邪魔します……」
まるで自分の部屋であるかのように、ごく自然な動作でわたしを中に招き入れるクレハちゃん。
その圧倒的なホーム感に、わたしの心の中の警戒アラートが鳴り響く。
室内は、妙に静まり返っていた。
「あの……クレハちゃんだけ? エヒメちゃんとかは?」
「そうやねん」
クレハちゃんは座卓の上にぽんと麦茶のグラスを置きながら、あっけらかんと言った。
「今日はな、姉様がオト姉様の代わりに、服飾学校の講師をしに行ってもうて。ウチ、一人で留守番なんよ」
「紡くんも、心配だからマネージャーという設定で行ったわ」
「……は?病気じゃないんだ」
わたしは差し出された麦茶を一口飲み、頭の中で想像を張り巡らす。
あのエヒメちゃんが教壇に立つ?
アナハちゃんは巫女さんって言ってたわね。
紡がマネージャ?……芸能人?……女優?
それに設定って何?……女教師?……巫女?……それって、そういう企画ものなの!?
タイプの違う美少女を集めて、芸能事務所?……マネージャーとして紡が、あの子たちを……!
まさか……いえ、そういう事ね。分かったわ!
わたしの脳内で、パズルのピースが最悪の形でガチリと噛み合ってしまった。
「絶対ダメなやつじゃない!!」
思わず声に出して叫んでしまう。
——あいつ、有休まで取って、エヒメちゃんを『女教師』にして、一体どんなマニアックな撮影……じゃなくて仕事をさせるつもりなのよ!?
いきなり大声をあげたわたしを見て、クレハちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「茅春ちゃん、さっきから何のこと言ってんの? それより、アレしなくてええの?」
「アレ?、アレって、何?」
聞き返すと、クレハちゃんはわたしを見て、ニヤッと不敵に笑ったのだ。




