第68章 暴走スプリンター
第68章 暴走スプリンター
休日の朝。
前日、エヒメとクレハがやらかした『筑紫もち惨劇』もあり掃除機を取り出した。
我が家の掃除機は「ギギギ……」と苦しげな悲鳴を上げ、そのまま完全に沈黙した。
思えば、このワンルームに居着いた神様たちのせいで、怪しい糸くずやお菓子の粉などを毎日限界まで吸い込み続けてきたのだ。
ついに寿命を迎えたのだろう。
過酷な労働に心の中で感謝しつつ、俺は掃除機を新調するために出かける支度をした。
「お、紡くん出かけるんか? ウチもいっしょに行くわ!」
クレハが、白パーカーに黒短パン姿でついてくる。
家電量販店に向かい、特にこだわりもないので、手頃な掃除機を購入してすぐに家へと戻った。
部屋に昼過ぎに戻る。
昼夜逆転生活を送るエヒメは、ベッドでまだ爆睡している。
起こしては可哀想なので、俺とクレハは玄関で段ボールを広げ、開梱して組み立てを始めることにした。
しかし、ワンルームの玄関は狭い。
二人が並ぶとそれだけで密着状態になる。
俺が本体を押さえ、クレハがロングノズルの先端を押し込もうと、狭い空間で体を寄せ合った。
「クレハ、どうだ? 入りそうか?」
「うーん、紡くん、これ大きすぎて入らへんわ。きっつきつやで?」
「アタッチメントの向きが逆なんじゃないか? ちょっと力を入れて押し込んでみてくれ」
「えぇ? そんなに無理矢理したら、壊れちゃうやん」
「大丈夫、俺が下でやさしく支えてるからさ」
「ん、じゃあいくで……んっ……!」
ガチャン!!!!
凄まじい勢いで玄関のドアが開いた。
そこに立っていたのは、買い物袋を手に、鬼の形相を浮かべた茅春だった。
「あなたたち、真っ昼間から玄関で何をしてるのよーーーーーっっっ!?」
静まり返る玄関。
ロングノズルを握りしめたままフリーズする俺とクレハ。
俺はポカンとした顔で、ドアノブを握りしめて肩で息をしている茅春を見つめた。
「……いや、何って。見れば分かるだろ。新しい掃除機を組み立ててるんだけど」
「…………」
茅春の視線が、俺の手元にあるピカピカのサイクロン式掃除機と、綺麗に噛み合っていないプラスチックのノズルへと注がれる。
みるみるうちに顔を真っ赤に染めていく茅春は、涙目で必死に強がった。
「……し、知ってたわよっ! ちょっと驚かしてあげようと思っただけなんだからっ!」
——絶対に別の何かと勘違いして突入してきただろ。
ようやく呼吸を整えた茅春は、ジロジロと俺の隣の金髪美少女クレハの姿を凝視した。
「それで、紡。この……また新しく増えた金髪美少女は、一体誰なのよ?」
「ああ、こいつはアナハの姉のクレハだ」
「呉織や、よろしくな!」
クレハが白い歯を見せて笑う。
その瞬間、茅春の目が鋭く光った。
茅春の視線は、クレハの短パンからスラリと伸びる、無駄な脂肪が一切ない、綺麗で引き締まった脚に向いた。
そしてスポーツブラの下で縦に線の入った見事な腹筋に釘付けになっている。
「……すごいわね、あなた。わたしの陸上現役の時よりも、ずっと体幹が引き締まってる……」
「お、分かる? でもなぁ、特別なことはしてへんで。毎日の運動と、食べ物や! たんぱく質をしっかり摂って、しっかり走れば誰でもこうなれるんやで!」
「プロテインね……大豆とか鶏肉とかね……」
急に筋肉トークで意気投合し始めたので一安心かと思われた。
その時だった。
クレハがポンと手を叩き、思い出したように俺の肩を叩いた。
「そういえば紡くん、この前のあれ、めっちゃ良かったわぁ」
「ん? ああ、あの(ローストチキンの)ことか。気に入ってくれたなら良かったよ」
俺がそう答えると、茅春が目を細めて会話に割って入ってきた。
「……何の話よ?」
クレハは悪気のない100%のピュア笑顔で、直球の言葉を放った。
「もも(肉)にかぶりついた話や」
「えっ!?」
その瞬間、茅春の視線が、クレハの健康的な『太もも』へと吸い寄せられた。
「あ、あなた達……部屋の中で、そんなことしてるのっ!? 」
「は? いや、美味そうだったから、つい(買った)」
「クレハちゃんも、なんでそんなこと許してるのよ!?」
「え? あんなん、ウチ初めてやったから、めっちゃ嬉しかったわぁ」
「初めてって……っ! 紡、このド変態、人でなし、ケモノ、変質者っ!」
「だから何の話をしてるんだよお前は!」
茅春が般若のような顔で俺の胸ぐらを掴んで揺さぶる。
クレハは呑気に掃除機のノズルをいじっている。
その時、玄関の騒ぎに起きたエヒメが、眠そうに目を擦りながら姿を現す。
「……やかましいのう、おぬしら。一体全体、さっきから何の話をしておるんじゃ?」
エヒメの素朴な疑問の声が響いた瞬間。
俺と茅春は、エヒメの方に振り返り、二人で言い放った。
「こっちが聞きたいわっ!」
なんのことか分からず硬直するエヒメだった。




