第67章 神の眼にも違いがわかる
第67章 神の眼にも違いがわかる
クレハが部屋にやってきてから、数日が経った。
最初は朝の四時に叩き起こされたり、ベッドに潜り込まれたりと距離感のバグに頭を抱えた。
しかし、裏表のないサバサバした性格と、通販や宅配ロッカーを使いこなす現代的な合理性もあって、それ以降は大きな混乱もなく穏やかな日々が過ぎていた。
ある日の夜、クレハが風呂に入っている間のことだ。
モニター前のゲーミングチェアに座るエヒメが、クルリとこちらを振り返った。
「紡よ。どうじゃ、クレハはなかなかよいやつじゃろ?」
「そうだな」
俺はベッドに寝転びながら、天井を見上げて頷いた。
「距離感がおかしいのには参るけど、素直だし話も通じる。……お前ら姉妹の中で、一番扱いやすくて普通かもしれないな」
するとエヒメは、いつもの呑気な笑みをふっと引っ込め、少しだけ真面目な顔をして言った。
「じゃがな、紡よ。あやつも神のひとりよ。ただの扱いやすい娘と思うておるなら、大間違いじゃぞ」
「どういう意味だ?」
急にトーンを変えたエヒメに、俺は体を起こした。
エヒメは画面から完全に目を離し、じっと俺を見つめる。
「おぬしと、すこぶる相性がいいってことじゃ」
「相性……? アナハの言っていた、あの『縁』のことか?」
「そういう事じゃ。あやつらは、おぬしの傍が心地よいのじゃよ」
「……なぁ、エヒメ」
俺はずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を、思い切ってぶつけてみた。
「そもそも、どうして俺なんだ? 俺はただの普通の会社員だぞ。特別な血筋でもなければ、霊能力があるわけでもない」
「それなのに、なんで俺のところにばっかり、こうやって神様が集まってくるんだ?」
だが、俺の問いかけに対して、エヒメはそれ以上は答えなかった。
ふいっと顔を画面に戻しゲームの続きを始めてしまった。
その背中を見つめながら、俺は釈然としない謎を、胸の奥に沈めるしかなかった。
重い空気のまま夜が明け、迎えた休日。
リビングのテーブルには、佐藤さんの九州土産の箱があった。
「これじゃ、これで……コンプリートじゃ!」
「何がコンプリートなんだ?」
俺もお茶を淹れてテーブルにつき、箱の中身を覗き込む。
小さなビニールの風呂敷に個包装された四角い容器、別添えの黒蜜。
その独特なビジュアルを見た瞬間、強烈な不安が襲ってきた。
「……なぁ、エヒメ。これ、『桔梗信玄餅』とか『出陣餅』にそっくりじゃないか?」
「何を言うか、紡よ。これが有名な博多の『筑紫もち』じゃぞ」
「いや、見た目のシステムが完全に一致してるだろ。きな粉のまぶされたお餅が三つ入ってて、この小さな容器から黒蜜をかけるスタイルとかさ……」
「紡よ、おぬしには『筑紫もち』と『桔梗信玄餅』と『出陣餅』の違いが判らぬのか」
「ああ、俺には箱に書いてある文字の違いしか分からないよ」
エヒメは哀れむような眼で俺を見る。
「人間のおぬしにはそれが限界なのじゃろう、悲しいのう。我の神の眼を……」
「そういうのはいいから、散らかさずに食べろよ」
二人は手際よく小さな風呂敷をほどいた。
透明な蓋を開けると、香ばしいきな粉の香りがふわっと広がる。
「これな、黒蜜をかける時にきな粉が溢れるんがトラップなんや。……まずはこの中央の一個を食べるんや」
クレハは餅を一つ楊枝に刺し口に運ぶ。
その見た目とは違い丁寧でどこか色気を感じる動作だった。
「そんでな、その空いたスペースに黒蜜を注ぎこんで『蜜の池』を作って、絡めながら食べるんや」
「……クレハよ、それでは一つ目の餅がかわいそうではないか?」
「姉様、これが『蜜の池流』なんや。『ヒヨク米』独自のほぐれるような柔らかい食感、希少な『タマホマレ』を使ったきな粉。これをまず味わうんや」
「現地まで行ったウチが言うんや間違いない」
——どうやって行ったかのかは、聞かなかった。
「ふふっ、クレハよ。姉をがっかりさせるでない。全ての餅に蜜をからめる方法があるのじゃ」
「その名も『別添流』!」
「姉様、それはかなりの技術が必要なんやで!、ウチもやるわ!」
エヒメとクレハは包み紙を広げその上に容器の餅を出そうとした。
しかし勢いあまって、包み紙の外へ着地した二人の餅はそのままテーブルの上を転がり床に。
「あっ……」
「あっ……」
それを見ながら、俺は静かに掃除機を取りに立ち上がった。
——結局こうなるんだ。
昨夜、エヒメが言っていた「あやつも神のひとりよ」「おぬしとの相性」という格好いい言葉を思い返す。
——神のひとり、ねぇ……。
どう見ても、ただの食い意地の張った、手のかかる神たちが大騒ぎしているようにしか見えなかった。




