第66章 熱意の値札
第66章 熱意の値札
社会的デッドラインを何とか回避して、帰宅する。
玄関のドアを開けると、キッチンから湯気の気配が流れてくる。
奥を覗くと、佐藤さんがのエプロン姿が見えた。
「川崎さん、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。佐藤さんも『おかえり』だね。お疲れ様、実家どうだった?」
「楽しかったですよ。やっぱり、新幹線だと早いから、便利よね」
俺は、やっと文明人に出会えた気がした。
「そいえば穴織様、帰っちゃったんだね。入れ違いになっちゃって残念」
「ああ、きっとまた来るよ、『電車』を使えば近いって分かっているからな」
部屋を見渡すが、クレハの姿はなかった。
「エヒメ、クレハはどこに行ったんだ?」
「クレハなら、米を取りに行くとかいってたのじゃ、もう帰ってくるじゃろう」
俺は、どこかの農家から米俵を担いで帰ってくるクレハの姿を思い浮かべた。
しかし実際に戻ってきた彼女が抱えていたのは、普通の十キロの米袋だった。
「なかなか重かったわ。紡くん、これ使ってな」
「ありがとう、助かるよ。どこまで取りにいってたんだ?」
「駅前の『宅配ロッカー』やで?スマホでピッとしたらパカッと開くんや。」
「そういうのは、器用に使うんだな……」
ふと、その時。
俺の背後で荒い息遣いが聞こえてきた。
振り向くと、腰をかがめた佐藤さんの姿があった。
「呉織様、佐藤織恵と申します!お噂はかねがね聞いておりました」
「ああ、織恵ちゃんやね。オト姉様から聞いておるわ。ウチに教えられることがあったら聞いてや!」
「ありがとうございます!」
また、佐藤さんに新しい信仰が増えた。
「川崎さん!ついに衣縫部四姉妹コンプリートだね。あなた、一体前世でどんな徳を積んだ何者なの!?」
「コンプリートってなんだよ、集まってくるだけだよ」
「……そ、それで。川崎さんは、どのルートを選ぶの!?」
「ギャルゲーの攻略対象みたいに言うな!」
言われて気がついたが、確かに四姉妹全員に会えた。
アナハの言う通りなら、俺はこの先も新しい神様に会うことになるかも知れない。
それは、きっと貴重な経験なのだろう。
その日の夕食は、佐藤さんが実家から持ち帰ってくれた特上食材を使った料理が、テーブルの上に所狭しと並んだ。
「関サバが手に入ったから、福岡名物の『ごまさば』にしたのよ」
「それに『とり天』よ。これは大分の地元の鶏じゃなきゃ『とり天』って名乗っちゃいけないくらい拘りがあるんだから」
「おお、これは美味そうだな!」
昨日も確かローストチキンで鶏肉だったが、これはこれで美味しそうだった。
俺たちは、ブランド鯖とブランド鶏の贅沢な食卓を囲んだ。
食後、ふと佐藤さんの言っていた「ブランド」という言葉が頭に引っかかり、気になって尋ねてみた。
「なぁ、佐藤さん。ずっと疑問だったんだけど……服飾の『高級ブランド』って、なんであんなに値段が高いんだ? 」
「布地の一枚や二枚、そんなに違いがあるものなのか?」
「ああ、ハイブランドのことね」
「それはね、徹底した品質管理と選び抜かれた最高級の素材を使って、熟練の職人さんが時間をかけて手作業で作っているからよ」
「歴史と伝統の、付加価値の塊なのよ」
「じゃあ、逆に安いファストファッションのブランドは、そうじゃないってことか?」
「それはコスパ(コストパフォーマンス)の追求ね。どうやって生産コストを限界まで抑えつつ、消費者にとって良い物、トレンドに合う物を作るか」
「クオリティが低いわけじゃなくて、目指している『価値』の方向性が違うのよ」
「そうやねん。結局はな、それを作る人の『熱意』がどこに向いとるかの問題なんや」
「買い手は、その熱意に対してお金を払っとるんや。それが自分にとって高いか安いかを見極めるのが、買い物の本質なんやで」
座卓に肘をつきながら、クレハがいつになく真面目なトーンで会話に割って入ってきた。
「クレハってそういうところはシビアなんだな」
「当たり前や、機械織りやろうが化学繊維やろうが、生地は生地や。そこに優劣なんかあらへん」
「今の時代に合わせたその素材を、どうやって一番美しく生かすか。それこそが『職人』の腕の見せ所なんやからな」
普段の姿からは想像もつかない、衣服の神様……『呉織』としての確固たる信念が混じったその言葉に、俺と佐藤さんは、思わず圧倒されて言葉を失うのだった。




