第62章 クレハという少女
第62章 クレハという少女
次の日から、俺は街を歩いていても、仕事をしていても、無意識のうちにまだ見ぬ『クレハ』の姿を探すようになってしまっていた。
俺の頭の中にぼんやりと結ばれているクレハの像は、これまでにエヒメやアナハが口にした断片的な言葉を、勝手に繋ぎ合わせたものだ。
複雑で体力のいる織りが得意。
その神御衣はおもしろい。
総じて、体力お化けのおもしろいやつ……か。
神様に対して抱くべきイメージなのかは甚だ疑問だが、どうしても脳内ではアメコミのヒーローのような筋肉質のシルエットが再生されてしまう。
迎えた休日。俺は茅春からの急な電話での呼び出しに応じ、駅前の小洒落たオープンカフェに足を運んでいた。
通りに面したガラス越しのカウンター席に並んで座り、ストローでアイスコーヒーをかき混ぜながら、何となく行き交う人々を眺める。
ふと、目の前の交差点に一台の宅配便のトラックが止まった。
その車体に大きく描かれているのは、ふんどし姿で力強く走る『飛脚』のマーク。
——まさかな、こんな感じじゃないだろ……。
俺は慌てて頭を振った。
「紡、さっきから外ばっかり見て、どうしたの?」
「ああ、ごめん。何でもないよ。ちょっと考え事をしてて」
目の前に座る茅春を改めて見つめる。
俺にとって、茅春はある意味で身近にいる一番の『おもしろいやつ』だった。
突拍子もない勘違いをして、暴走することを除けば、だが。
ふと気になって、俺はカップを置いた。
「なあ茅春って、学生時代に何か部活とかやってたのか?」
「え? わたし? わたしはね、中学から高校までずっと陸上部だったよ。短距離の選手だったの」
——やはり、私生活だけでなく物理的にも暴走キャラだった。
「……へえ、そうだったんだ。なんとなくイメージに合うな。足、速そうだもんな」
「あの頃は、今よりずっと引き締まってて腹筋もバキバキに割れてたんだから。あーあ、最近ちょっと運動不足だし、またジムにでも通おうかなぁ」
茅春はそう言って笑った。
夕方になり彼女と別れ、俺はエヒメの夕食のおかずを探す。
肉屋の前で焼かれていた、ローストチキンの香ばしい香りが鼻をかすめた。
タレの焦げる匂いがたまらない。
——ゲームのことで落ち込んでいたからな、これ見たら一発で元気になるだろう。
「エヒメだったら二本ぐらい食べるか……」
そう思い、自分の分と合わせて計三本の骨付きもも肉を買い、温かい袋を手に帰宅を急いだ。
薄暗くなってきたマンションの前に着き、エントランスを通ろうとすると、見慣れない人影があることに気づいた。
明るい金髪のショートカットがよく似合う女の子だった。
白いパーカーと黒いショートパンツ姿。
ジッパーを開けたパーカーの中からは黒いスポーツブラが覗いており、その下には健康的で綺麗に引き締まったお腹が露出していた。
——こんな子、このマンションに住んでいたかな?
俺が階段を上ろうとするより一歩早く、彼女は軽い足取りでトントンと階段を上り始めた。
必然的に、後ろを歩く俺の目線が、彼女の健康的で引き締まった太ももの高さにくる。
——なんかものすごく気まずいな。俺が不審者だと思われかねない。
しかし彼女の方は、後ろにいる俺を気にする風でもなく、スタスタと階段を上りきっていく。
二階に着くと、彼女は迷いのない足取りで、俺の部屋がある方向の通路へと歩き出した。
そして、俺の部屋のドアの前で立ち止まった。
「……あの、すいません。そこ俺の部屋なんですけど」
後ろからの俺の声に気づき、彼女は驚いたように勢いよく振り向いた。
「あっ、ごめん!うちもここに用事があってな」
「スポーツジムの勧誘なら間に合ってます」
「勧誘とちゃうわ、ここにエヒメ姉様おるかな?」
「すいません、またあいつが何かご近所に迷惑をおかけしたのでしょうか……?」
「あははっ……お兄さん、なんかめちゃくちゃ苦労してるなぁ」
笑う彼女の屈託のない笑顔。その圧倒的な身体能力の高そうな佇まい。
俺は袋を握りしめ、驚きのあまり指を指して叫んでいた。
「……もしかして、おまえが『飛脚』か!」
「何、言うとんねん!ウチは『クレハ』や。クレハ」
俺の想像との違いに驚愕した。




