第57章 事実しか言っておりませんの
第57章 事実しか言っておりませんの
テーブルの上に盛られた『角煮まん』をみんなで囲んだ。
ホカホカと立ち上る湯気からは、甘辛い醤油の食欲をそそる香りが漂っている。
「それで、紡達は結局どこに行ってたの?」
エヒメの言葉が引っかかったのか、茅春が角煮まんを手に持ちながら、怪訝そうに俺へ視線を向けてきた。
「……いや、アナハのちょっとした誤解の機嫌取りだよ」
「そうなのです、主様が姉様の『柔らかくて暖かいもの』を弄っていた謝罪です」
「違うって、弄ってないって。パンの話だからな。誤解するなよ、茅春」
俺は必死に弁明するが、茅春はさらに眉をひそめ、じとっとした不信の目を俺に向けてくる。
アナハはそんな彼女の反応を見て、機嫌良さそうに悪戯っぽい笑顔を浮かべ話を続けた。
「今日は、アナハを部屋に閉じ込め抱きしめて……激しく揺れて」
「……主様は『小さくてかわいいな』って撫でました」
アナハは、わざとらしく、恥ずかしそうに身をよじっている。
「……は、激しくっ!?」
「違う! 説明の仕方も時系列も全部おかしいぞ、アナハ!」
「……男の子だから、元気で……すぐ大きくなるって」
「……紡、あなたって人は……」
茅春は口をぱくぱくさせながら、信じられないものを見るような目で俺を見た。
その様子を楽しむようにアナハは続けた。
「……主様が……柔らかくて、温かいって」
「……もう、やめてくれ」
完全にネオバターロールの勘違いを根に持つアナハだった。
「これも柔らかくて、温かいのじゃ」
エヒメはそう言いながら、何事もなかったように角煮まんを頬張った。
なんとか茅春の誤解を解くことに成功した。部屋にどうにか表面上の平和が訪れる。
ようやく落ち着いて『角煮まん』を口に運ぶ茅春を見て、アナハがふと思い出したように尋ねた。
『角煮まん』を口に運ぶ茅春を見て、アナハが尋ねた。
「茅春姉さま、オト姉様のフォーマルスーツは着られるようになりましたか?」
「……そうなのよね、まだ少しウエストがね。……って、なんでアナハちゃんが知ってるの」
「ブラウスを直しに行った時、鏡の前で悲しそうな顔をしてうなだれていましたわ」
「……違うのよ、オトちゃんのスタイルが異次元なのよ!わたしは普通だから、いえ、……普通以上なんだから」
「アナハ、もうやめておけよ。茅春も頑張っているんだな」
「そうよ!あと少しなんだから」
必死に言い訳するように拳を握る茅春。
「やはり、仕立て直してやろうか?」
エヒメが茅春を心配そうに見る。
「ボタンが飛んだり破けたら、アナハを呼んでください」
「……だ、大丈夫よ!あとほんの少しなんだから」
焦る茅春の表情に、『ほんの少し』の先は長いと俺は思った。
「じゃあね、紡。今度はわたしをどこかに連れて行ってよね」
茅春が帰り際、玄関で振り返って俺にそう言った。
「ああ、わかったよ。今度な」
「べつに期待なんかしてないんだからねっ!」
茅春はそう言い残し、ドアを閉めて帰っていった。
——あいつ、相当『ツンデレ』が気にいってるな……。
いつの間にか風呂に入ったアナハの声が届く。
「主様、一緒に禊をしましょう」
「水鏡に映るアナハを見てください」
「主様も、神に仕える身になってください」
——どこの『強制天の川神話』だよ……。
「何の話じゃ?」
エヒメは首を傾げた。
浴室から湯の音が響く。
「アナハは事実しか言っておりませんの」
浴室から響くアナハの声に、俺は額を押さえ苦笑いを隠した。




