第51章 衣縫部の食卓
第51章 衣縫部の食卓
次の日、会社から部屋に戻る。
ドアを開けると、待っていましたとばかりにトラ柄パーカー姿のアナハが迎えに出てくる。
「主様、お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
「お風呂の前に、わたしにします?……それとも食事の前にわたしですか?……それとも……わたし?」
「三択になってないぞ、俺に選択権はないのか?」
「川崎さん、神様にここまで懐かれるとか、何周人生やり直したらそうなるんですか?」
我が家のキッチンから、エプロン姿の佐藤さんが料理の載った皿を運びながら、恨めしそうな視線を俺に向けてきた。
「……普通の会社員だよ。むしろ被害者側だ」
「そんなことないわ!こんな凄いお方たちと暮らせるなんて羨ましい!」
本気で悔しそうに身を悶えさせながら、佐藤さんは皿をテーブルに置く。
そしてうっとりとした目でアナハを凝視した。
「川崎さん見てよ、この穴織様のフォルム。こんなに小さくてかわいいのにどこか妖艶な感じを纏ってるわ」
アナハは佐藤さんの胸元へそっと手を伸ばした。
そして何かを確かめるように数秒沈黙する。
「織恵さん、あなたの方が小さくてかわいいわ」
どこか悲しげな、憐れむような顔で言った。
神が彼女の限界を見届けるような顔で。
「ありがとうございます、穴織様!」
ディスられてるのに至福の表情を浮かべて感激している佐藤さんは幸せそうだった。
「織恵、今日もご馳走じゃな」
お腹が空いて待ちきれないエヒメがテーブルを覗き込む。
「今日は『炊き込みご飯』にしてみたの、兄媛様やわたしの地元では『かしわめし』っていうんだけどね」
「関西では『かやくごはん』ですわ」
「九州では、甘めの醤油を使って鳥の出汁で炊き上げるのよ。そうですよね兄媛様」
佐藤さんはエヒメを見て同意を求めた。
「我はあまり九州に居った時の料理の記憶がないのじゃ」
「そうなのか、エヒメ?」
「我らがこの国に渡来したときは、もち米を蒸したものが主じゃったな」
「我は今の時代の、この『炊き込みご飯』の方が、味が染みていて圧倒的に好きじゃがな!」
「時代を感じるなあ。それで、その時の日本人の服はどんな感じだったんだ?」
「木の皮の繊維で作った袋に穴を開けて頭や腕を出すような服じゃったわ」
エヒメは笑いながら言った。
「そうね、兄媛様達の衣縫部が来られてから、この国の服は大きく変わったのよ」
「呉織様と穴織様なんて、日本の着物の祖とも言える存在なんだから」
佐藤さんは目を輝かせ、興奮気味に話した。
改めて聞くと、やっぱり凄い姉妹だったのだと感心する。
この後も、佐藤さんの俺への『服飾の講義』は止まらず、俺はせっかくの『炊き込みご飯』をあまり食べられなかった。
佐藤さんが帰り、アナハのいつもの入浴タイムになる。
今日も浴室から、俺を誘う声が聞こえる。
「主様、鯨尺でアナハを隅々まで採寸してもらえますか」
「指尺でもよろしくてよ」
「ただし動画販売は禁止ですわよ」
——鯨尺ってなんだよ?それに、誰が売るんだ!?
もう日課となりつつある、アナハの浴室からの声を聞こえないフリをしてやり過ごしていた。
佐藤さんの話を思い出し、エヒメに話しかける。
「衣縫部の影響って凄いんだな」
「我らは、この国の民の背中をそっと押しただけじゃ。この国は衣服も食べ物も独自に発展させる力を持っておる」
「……そうだな、裕福な時代なのかもな」
そういう俺の腹具合は貧しく、つい言葉にしてしまった。
「……腹、減ったな」
「なんじゃ、紡よ。おぬし燃費が悪いな」
——お前には言われたくない。
「よし、待っておれ」
エヒメはキッチンに走っていった。
何を作るつもりなのか、少し心配になった。




