第49章 上書きされた想い
第49章 上書きされた想い
「どこにいるんだ、アナハ」
「朝から、そんなに求められると恥ずかしいですわ」
声のする方、下に視線を移す。
——なんだ、これは。
俺の寝巻に糸で縫い付けられた、トラ柄のパーカー。
その中に、アナハはいた。
「もう、一心同体ですわね」
「いつの間に縫い付けたんだ!」
「初夜だったので、このくらい密着してたほうが良いかと思いまして」
「初夜とか言うな! 語弊がありすぎるだろ!」
「それに、寝てる間に縫い付けられるのも初体験だよ!早く外せよ」
「そんなにお照れになって、仕方ないですわね」
アナハは、糸の先をスルッと引っ張ると、縫い合わさった俺とアナハの服が一瞬で離れた。
「……凄い技術だな」
「主様、アナハはテクニシャンですわ。ご満足いただけました?」
「そういうことばかり言ってると、お前の口を縫うぞ」
「……痛くしないでください」
——ダメだ、朝からこいつのペースだ。
アナハは洗面所から部屋に戻ると、俺の朝の支度を手際よく進めてくれた。
その姿が、少しだけオトに重なって見えた。
俺が着替えてる間にテーブルに置かれたコーヒーを飲み、玄関に向かった。
「主様、お待ちを……」
「アナハ、どうしたんだ?」
彼女は、背伸びして、俺のネクタイの位置を調整する。
「ありがとう、行ってくるよ。留守中おとなしくしてろ」
「いってらっしゃいませ、主様。帰りは寄り道しちゃダメよ」
新妻のような送り出し方をするアナハ。
色々問題はあるが、可愛いところもあると思ってしまった。
「紡、ネオバターロールはレーズン入りだぞ」
小姑のようなエヒメだった。
会社の昼休み。俺は給湯室の裏で、茅春とアナハの話題になっていた。
もちろん、アナハが神様だということは伏せた上での相談だ。
「かわいい子じゃない、お裁縫も上手だし」
俺はため息をつきながら、スーツの裏の刺繍の話を切り出した。
「いや、技術はすごいんだけどさ、イタズラが過ぎるんだよ。これを見てくれ」
俺はため息混じりに、ジャケットのボタンを外してスーツの裏地を茅春に見せた。
だが、それを見た瞬間、茅春はいきなり顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにモジモジし始めたのだ。
「……やだ、いきなり紡ったら」
「え?」
変な反応に戸惑いながら、俺自身も視線を落として刺繍を確認する。
そこにあったのは、昨夜見た文字とは明らかに違っていた。
『茅春 LOVE 』
裏地に映える見事な赤糸で、そんな文字がデカデカと刻まれていた。
「ち、違うんだ! 違うんだ、茅春!」
「もう、照れちゃって! ま、まあ、そこまで言うなら、ちょっとくらいは、その、考えてあげても、いいんだからね! 感謝しなさいよね! 勘違いしないでよね!」
もはや自分でも何を言っているのか分からない状態になった茅春は、真っ赤な顔のまま、もの凄い勢いでどこかへ走り去っていった。
完全に置いてけぼりにされた俺が呆然と立ち尽くしていると、背後から声をかけられた。
「最近、彼女元気だねぇ」
缶コーヒーを手にした部長が、嬉しそうな顔で笑っていた。
——元気というか、完全に暴走してるんです。
俺はもう一度、スーツの裏地の不気味な刺繍に目を凝らした。昨日の夜は、確かに違ったはずだ。
違和感を覚えてよく見ると、文字の端から、不自然に一本の糸が小さく飛び出しているのに気が付いた。
——まさか。
俺はその糸の先を指でつまみ、ぐっと引っ張ってみた。
すると、スルスルと小気味よい音を立てて赤い糸が解けていく。
上書きされていた『茅春 LOVE』の文字が綺麗に消え去り、その下から、本来の刺繍が姿を現した。
『ANAHA 主様LOVE』
「……手が込んでるな」




