第43章 ずっと見ていましたわ
第43章 ずっと見ていましたわ
次の日の会社の昼休み。俺は茅春にアナハのことを話していた。
もちろん、彼女にはエヒメやアナハが神なのを隠しての話だった。
ゲームのチャットを通じて部屋の様子を知っていたこと。
そしてエヒメから聞いた過去の異様な執着の数々。
一通り聞き終えた茅春は、眉をひそめた。
「うわぁ……それはかなりヤンデレね」
「ヤンデレ?よく聞くけど、具体的にはどんなのだ?」
「え、そこから?しょうがないわね。要するに、愛情が深すぎて病んじゃって、行動が過激になっちゃうタイプのことよ。例えば……」
茅春は一度コホンと咳払いをすると、すっと表情を消した。どこか虚ろな目で俺をじっと見つめ、声をワントーン落とす。
「『ねえ、わたしだけを見てればいいんだよ?』……とか」
「お、おう」
「『ずっと一緒だよ。……ねえ、まさか逃げようなんて思ってないよね?』……こういう感じ。どう?」
普段の勝気な茅春からは想像もつかない、ゾクッとするような冷たい声。
あまりの迫真の演技に、俺は少し背筋が寒くなった。
「上手だな。一瞬本当に怖かったぞ」
「でしょ?」
褒められたのが相当嬉しかったのか、茅春は一転して、ぱっと分かりやすくテンションを上げた。
ふふん、と鼻を鳴らし、調子に乗って身乗り出してくる。
「まだまだあるわよ!『あなたがどこかに行こうとするから、部屋の窓もドアも全部ふさいじゃったわ。これからは一生、わたしの三メーター以内にいなさいよね!』」
——監禁の割には、距離の指定がやたら具体的だな。
それに、なんだか少し口調がトゲトゲしてきたような。
「『……ふん。あんな女たちと毎日楽しそうにしちゃってさ。べ、別にわたしが置いてけぼりにされて、寂しかったわけじゃないんだからねっ!』」
茅春はそこまで一気にまくし立てると、ハッと我に返ったように顔を真っ赤にして視線を逸らした。
——待て。今のセリフ、後半は明らかにツンデレじゃなかったか?
「茅春……。少し方向性が変わってきてないか?」
「な、何言ってるのよ!勘違いしないでよね!あんたが家でも一人で寂しそうにしてるから、暇つぶしに付き合ってあげてるだけなんだからね!」
――もう、それはヤンデレじゃない。ただのツンデレだ。
「……まあ、本物がそのくらい可愛いツンデレなら、俺も苦労しないんだけどな」
俺がため息混じりに言うと、茅春は『なによそれ!』と怒ったようにそっぽを向いた。
本物のヤンデレ(アナハ)の脅威がすぐそこに迫っているというのに、俺の荒んだ心はほんの少しだけ癒やされていた。
その日の会社帰りにいつものスーパーに寄る。
——エヒメのせいで、毎日買い物に来なきゃならないな。
すると、前方に見覚えのある白のカーディガン。
その下に黒のニットワンピースを着た、小柄な少女だった。
——この子、昨日もいたな。
俺の視線を感じたのか、こちらに振り向いた。
長い前髪で片目しか見えない。
オトに似ている。エヒメにも似ていた。
だがどちらでもない。
その少女は俺を見て、近づいてくる。
——ヤバい、見すぎたか……。
俺は何を言われるか、少し身構えた。
「主様」
「え?」
「お帰りなさいませ」
少女はニコッと笑った。
どこかで見たことのある笑みだった。
「……ずっと見ていましたわ」




