第41章 もう近くまで来ておる
第41章 もう近くまで来ておる
次の日、会社の昼休み。
ブラウスの修復の事が気になった俺は茅春にその話を持ち出した。
「茅春、あれから大丈夫か?」
「えっ?何のこと」
「ブラウスの事だよ、勝手に部屋に入られたかも知れないんだろ?」
「だって、エヒメさんの妹分って言ってたでしょ?知らないオジサンだったら怖いけど」
——確かに、知らないオジサンが部屋で裁縫していたら怖い。
「冷蔵庫とか荒らされてないか?」
俺は、エヒメが出てきた時のことを思い出した。
「何のことよ?あー、紡はそう言ってわたしの部屋に来たいんじゃないの?」
「そういうお前は、俺の部屋にチャイムも鳴らさず入ってくるだろ」
「あの部屋は、みんなの部屋よ」
——いつからだ……。
エヒメはアナハの存在に怯えているが、服だけ直しに来てくれて、他に何もないならいい子なのじゃないかと思った。
不法侵入、不法滞在が罪じゃなければの話だが。
その日の会社帰りにいつものスーパーに寄り買い物をする。
商品棚の並ぶ通路、その端に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
長い黒髪、白いカーディガンを羽織り、そこから白く長い足が伸びている。
俺は息が詰まった。
「……オト」
その姿の女性にもとへ、ふらふらと歩き出した。
ある程度近づいた時、あまりの身長差に我に返る。
——そんな訳ないか……。
その小柄な女性は通路の向こうに消えていった。
俺は強く頭を振り、現実に戻った。
部屋に戻ると、エヒメがモニターと『にらめっこ』をしていた。
「どうした?そんなに真剣に見て」
「こやつ、我から離れんのじゃ、うっとうしい」
画面には、セーフエリアの街の中をピンクのメイド服で歩く二人の姿があった。
「紡よ、我のキャラに勝手にフレンドに登録するでないぞ」
「俺のアカウントなんですけど」
「なんじゃ、こやつの名前は『ウハハ』だと……ふざけておるな」
「昨日、野良パーティにいたんだよ。悪い子じゃないから、優しくしてあげろよ」
「また、おぬしは誰彼となく甘やかす、悪い癖じゃ」
「プリン買ってきたぞ、後で食べるか?」
「紡、おぬしのそういうところは好きじゃ」
——勝手なやつだ……。
ふと、ベッドの枕元を見る。
昨日までなかった、白のカーディガンが畳まれて置いてあった。
「エヒメ、あれ着ているのか?」
「ん、何のことじゃ?我はいつもの正装じゃ」
——ダボTシャツ、パンイチがこいつの正装なのか……。
エヒメはいつの間にかプリンの蓋を剥がしかけていた。
「ご飯の後で食べろよ」
「紡よ、何のための三個入りじゃ、食前食後、寝る前というではないか」
「そんな処方箋は書いてないぞ」
その時だった、エヒメが咥えていたスプーンを落とす。
「どうした、皿に移す時に崩れたのか?」
「紡、これを見るんじゃ……」
モニターのチャット欄にエヒメの書き込んだ『離れろ』『うっとうしい』の文字の下。
『姉様、わたしは突き放されればされるほど……燃えますわ!』と、痛い言葉が続く。
エヒメは、焦るように電源ボタンを連打して、パソコンを消そうとする。
「エヒメ、やめろ。ちゃんとログアウトしてくれ」
振り向いたエヒメが顔色を変えてポツリと言った。
「……あやつじゃ、もう近くまで来ておる」




