第36話 白いカーディガン
第36話 白いカーディガン
昼過ぎ、数度のチャイムの音が俺たちの眠りを切り裂いた。
エヒメと顔を見合わせ、俺は溜息をつきながらベッドの上で体を起こす。エヒメは気だるげに髪をかき上げた。
ガチャリ、と鍵の掛かっていないドアが勢いよく開く。
「エヒメ、カギは掛けてないのか?」
入ってきたのは茅春だった。彼女は部屋に入るなり、ベッドに並んで座る俺とエヒメを見て、時が止まったように動きを止めた。
乱れたベッドシーツ、ラフな姿のエヒメ。
呆然とする茅春に、俺は慌てて釈明を試みる。
「違うんだ茅春、彼女は……(オトの)姉なんだ」
俺の言葉を聞いた瞬間、茅春の表情が凍りついた。
「お姉さんまで……! あなたっていう人は、どこまで節操がないの!?」
茅春が顔を真っ赤にして叫ぶ。そんな彼女の反応をよそに、エヒメは冷蔵庫へ向かった。
彼女の着ている大きめのダボTシャツが、裾から覗く白く細い足を隠しきれていない。
それが茅春の誤解に、決定的な油を注いでいた。
そこへ、追い打ちをかけるように玄関先で声が響く。
「川崎さん! 昨日は夜遅くまでありがとうございました。他の子も、とっても喜んでいましたよ!」
駆け込んできたのは佐藤さんだった。彼女の無邪気な笑顔が、静まり返った部屋に突き刺さる。
「……遅くまで?……他の子も……喜んで?」
茅春の目が、据わった。
取り返しのつかない事態であることを察し、俺は天を仰ぐ。
その時、廊下を通りかかった管理人の婆さんが、開け放たれたドアの隙間から中を覗き込んだ。
「おやおや、また修羅場かい? 今日は新顔の女の子もいるねぇ。ま、若いのは元気でいいけど、静かにやっとくれ」
婆さんはニヤリと笑うと、そのまま事もなげに立ち去っていった。
部屋に重い沈黙が流れる。
エヒメは乳酸菌飲料を片手に、何が起きているのか理解できず、ただキョトンとしていた。
――神様、助けて下さい。
俺はそう願うしかなかった。
ショックで崩れる茅春と、怯える佐藤さんを立たせリビングに連れて行く。
そしてテーブルを囲み少しづつ状況を飲み込めたエヒメが、わざとらしく俺に体を寄せる。
茅春がうつむいたまま、静かに声を出した。
「……最低」
なぜか佐藤さんが、責任を感じてるように説明を始める。
「あの、あの違うんです。私は学生で、たまにご飯を作りにきたりして(神様に)自ら貢いでるだけなんです」
「佐藤さん……、フォローになってないけど……ありがとう」
「川崎さん、またあとで来るね」
居た堪れなくなり、自室に帰っていった。
茅春の視線がエヒメに移る。
「それで、あなたはお姉さんなの?」
「そうじゃ、昨日は朝まで頑張ったあと、今まで寝てたのじゃ」
「……いつも二人で寝ているの?」
茅春は感情を抑えた声を出す。
「エヒメ、俺が説明するから……」
「なんじゃ、これからなのに残念じゃな」
――もう、十分残念なことになっている。
数十分かけて、俺は釈明した。
勿論、エヒメやオトが神様だということは茅春には言えなかった。
そして、オトが居なくなったことも……。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「……ああ、オトちゃんにコレ返そうと思って」
カバンから出したものを机の上に置いた。
オトが茅春に貸した白いカーディガンだった。
俺はそれを目にして、息が詰まった。
「オトが、おぬしに服を貸したのか?」
「わたしがドジして服を破いちゃって」
「あやつ、我には一度も貸したことがないのに、まあ、服のセンスが違うがな」
エヒメが少し悔しそうに言って頬を膨らませた。
「ここの住所の書いた紙が入ってたから、勝手に来ちゃってごめんね」
「それでオトちゃんは?」
「……オトは……今、居ないんだ」
机の上の白いカーディガンの横で、宅配便の『出陣餅』のお届け表が風に揺れていた。




