第34章 あと少しだけ
第34章 あと少しだけ
少し時間が経った時、エヒメが俺たちのところにやって来た。
「エヒメ、俺にも手伝える事はないか?」
俺に手伝える作業など無いと思ったが、何もせずにはいられなかった。
「紡よ、まだ時間がかかりそうじゃ、オトを連れて帰ってくれないか?」
教室には佐藤さんの作品ほどは、ダメージを受けてないが、エヒメの手助けが必要な生徒がまだ残っていた。
エヒメはオトの前に座り、オトの手の上に自分の手を重ねた。
「……オト、後は任せておけ。おぬしの想いは伝わっておるぞ」
そう言って二人は佐藤さんに視線を移した。
他の生徒に寄り添い、懸命に修復を進める彼女の姿に、オトも満足そうに微笑む。
「……姉様、後はお願いします」
「良いのじゃな……、またな、オト」
エヒメは立ち上がり、俺と視線を合わす。
「紡よ、オトを”見て”やってくれ」
「ああ、任せてくれ。ちゃんと”看て”おくよ」
エヒメは、俺の背中をポンと叩き佐藤さんの元へ戻って行った。
「オト、頑張ったな。部屋に帰ろうな」
肩に手を回して、オトを立たせ教室を後にした。
終電近く、人の少ない駅のホーム。
ここまで一言も話すことのなかったオトが口を開く。
「……楽しかったわ、こんな気持ちになれたのは初めてですわ」
「そうだな、あの状態からあんなに良い物になるなんて思ってなかったよ」
「主様……、紡さ……」
ホームに入って来た車両が、彼女の声を消した。
座席に座り目を閉じた彼女に、言いかけた言葉の続きを聞くことができなかった。
最寄り駅から家までの道。
人通りが少なくなると、オトが足を止めた。
「主様、少し屈んでもらえますか?」
「えっ、こうか?」
俺は膝を曲げ少し前屈みになる。
オトは俺の後ろに回り、背中に体重をかけた。
「主様、おんぶして」
「えっ、歩けないのか?」
「歩けますわ……でも、あと少しだから」
仕方ないと思い彼女を背負う。
「スカート破れないか?」
「誰も見てませんわ」
オトはそう言って、背中でフフッと笑う。
「パンツ見られても知らないぞ」
「主様も見たいですか?」
「俺はいつも見てるよ!」
オトの手が、肩から首にまわる。
彼女の体の柔らかさが背中に伝わり、髪が俺の頬をくすぐった。
満足げにクスクス笑う息遣いが、聞こえた。
部屋に着き、彼女をベッドに降ろす。
「……終わっちゃった」
「もっとして欲しかったのか?また今度な」
また、エヒメに甘やかしと怒られてしまうだろう。
「何か食べるか?」
オトは首を振った。
夕飯前に出かけたので、俺たちは何も食べていなかった。
エヒメも、何も言わず作業を続けていることを考えると心配になった。
「主様、こちらへ来てください」
ポンポンとベッドの空いている場所を叩く。
俺が、そこへ座ると彼女は、身体を引き寄せた。
「今日は、おんぶのお礼に添い寝してあげますわ」
「いつもしていただろ?」
「主様、気づかれていたのですね」
「……知ったのは最近だけどな」
いつもの妖艶な笑みを湛えて、オトが恥ずかしそうにしている俺の顔を覗き込んだ。
そして、オトは俺の腕を取り、枕にして目を閉じた。
数分経たないうちに、傍らで小さな寝息が聞こえた。
その規則的な呼吸が、いつの間にか俺を暗い深渕に落とした。




