第31章 見えない糸の先
第31章 見えない糸の先
部屋に戻ると、エヒメは腕を組み、仁王立ちで俺たちを待ち構えていた。
「紡よ、我の夜の食事を忘れていつまで遊んでおる。」
「いつもの時間と変わらないだろ?」
「オトと二人でどこに行っておった」
「『二人で』じゃないよ。偶然でもないだろうけど」
「紡が出かけてすぐ、オトも出て行ったぞ?」
俺が困り果ててオトを振り返ると、彼女はわざとらしく窓の外へ視線を逸らした。
「……オト、『見えない糸』とか言ってたよな。もしかして、普通に尾行してたな」
「紡、何を言っておる、衣服の神である我らにそんな便利な『能力』がある訳なかろう」
エヒメは鼻で笑う。
俺は彼女たちに、そんな能力があると少し信じてしまっていた。
「それより、その袋の中の『焼き鳥』を早く出すのじゃ」
「袋の中身を当てる『能力』はあるんだな」
「姉さまは『食い意地』の神でもありますわね」
食い意地の神はどっちもどっちだろう……そう思いながら、俺はキッチンへ向かい、買ってきた焼き鳥を皿に移し食事の支度をした。
焼き鳥に満足したエヒメの機嫌は、なおっていた。
オトは、着替えたが、俺のカーディガンは羽織ったままだった。
「なんで着替えたのに、俺の服着てるんだよ?」
「ニットワンピースに毛玉が出来たら困りますわ」
「……俺のはいいのか」
「美の神ですから、あなたは美の神じゃないでしょ?」
聞いたことのある言葉だった。
オトは口元に笑みを浮かべていた。
「それで、茅春のブラウスどうするつもりなんだ?」
「あれは、アナハが来た時にでも渡してくださいませ」
「アナハってお前たちの妹分のか?……『来た時にでも』って来るのか?」
「いずれ……訪ねて来ると思いますわ」
オトはそう言うと、手元の漫画に視線を落とした。
遊びに来るくらいならいいが、これ以上、居候が増えても困る。
ガタッと何かが落ちる音がする。
モニターに向かってゲームをしていた、エヒメがコントローラを手から落とし、こちらを見ていた。
「あやつが、……アナハが来るのか!?」
「どうした、エヒメ。会えるのが、そんなに嬉しいのか?」
「……我は、あやつが苦手なのじゃ」
「苦手って、妹分だろ?」
「紡よ、お主は分かっておらぬ。……あやつの恐ろしさを」
オトはベッドの上でクスクスと笑っていた。
エヒメはクレハの名前は良く口に出すが、アナハのことは口に出さなかった。
彼女が恐れるアナハとはどういう人物なのかと、嫌な予感がした。
「クレハもアナハも二人とも、かわいい妹ですわ、主様」
オトは俺を下から覗き込むように、見ていた。
「……可愛い? オト、貴様はとんでもない嘘をつくのう」
エヒメはコントローラーを握り直すと、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
普段の威厳はどこへやら、彼女の指先がわずかに震えているように見える。
「なぁ、オト。そのアナハってのは、どんな神なんだ」
俺が聞くと、オトは読んでいた漫画を閉じ、ベッドの上で軽やかに身を起こした。
彼女の羽織った俺のカーディガンが、その動くたびに彼女の華奢な肩からずり落ちそうになる。
オトは妖艶な笑みを浮かべ、俺の耳元まで顔を寄せてきた。
「布を服に変えるパターン・カッターですわ。クレハが織った布を、針と糸で立体的な『衣服』へと仕立て上げる最高の職人ですわ」
「……まあ、今は考えすぎなくてよろしいですわ」
オトは楽しげに語り、いたずらっぽく微笑んだ。
エヒメはまだ黙々とモニターを見つめているが、その視線はゲーム画面には向いていないようだった。




