第27章 神の眠る朝
第27章 神の眠る朝
翌朝、俺は腕に微かな重みを感じて目を覚ました。
いつもと違い、俺の傍らでオトがまだ深い眠りについていた。
——珍しいな。
そう思ったが、昨晩の出来事が気になっていた。
俺は音を立てぬよう支度を始めた。
入れ替わるように、昼夜逆転生活のエヒメがベッドに寝転がった。
「……エヒメ、オトは大丈夫なのか?」
「こやつには、こやつの考えがあるのであろう……。紡は気にせんでよい」
「今日は何か美味い物でも、買って来るよ」
「病人じゃあるまい、心配せんでよい」
「……ああ、そうだな」
「鰻でも、買って来るのじゃ」
「お前が食べたいだけだろ?」
エヒメはふっと小さく笑った。
「紡、……礼を言っておこう」
「買ってきてからにしろよ」
「……そうじゃな」
エヒメはオトの肩に手を回し、その寝顔を慈しむように見つめていた。
オトは『神御衣の技法』で、それほどまでに疲弊したのだろうか。
しばらくはおとなしくさせておこうと決め、俺は静かに玄関を出た。
いつもの会社の昼休み。
また茅春からの『屋上』の呼び出しを警戒していたが、意外にも社員食堂への誘いだった。
定食を口に運びながら、俺は今朝のオトの様子を思い出して上の空になっていた。
その時、少しトーンの上がった茅春の声で現実に引き戻される。
「ちゃんと聞いてる? またオトちゃんのこと考えてたでしょ」
「……ああ、ごめん」
「……なに、開き直っちゃった? えっ、認めちゃったの?」
「えっ、何のことだ?」
「……もう、じゃあ、『土曜日の十時に駅前』でね」
茅春は、そう言って席を立った。
「ちょっと待て、何の話だ」
「遅れないでよね、べつに全然楽しみじゃないんだからね!」
茅春はあれ以来、あからさまに『ツンデレ』という概念を使いこなすことが気に入っているようだ。
——一体、何を約束させられたのだろう……。
帰宅時に商店街に寄り、奮発して『鰻』を買った。
袋から漏れ出る匂いが鼻をかすめる。
——オトより、エヒメが喜びそうだな。
そう思い、オトのために奈良漬けを買った。
なぜ俺はこんなにも、彼女たちの好みを把握してしまっているのだろうかと、少し自嘲気味に笑えた。
ふと視線を上げると、色も質感も違う生地を何種類も詰め込んだ紙袋を抱える佐藤さんを見つけた。
紙袋は大きく膨らみ、今にも中身がこぼれ落ちそうだった。
それとは対照的に、彼女の顔は充実感に満ちていた。
「あっ、川崎さん、昨日はありがとう。おかげさまで、創作意欲が枯れるどころか溢れてくるの」
「……すごい荷物だね。少し持つよ」
「じゃあ、これ」
彼女はそう言うと、丁寧に包まれたケーキの箱を俺に差し出した。
「これ、昨日のお礼よ。兄媛様と弟媛様に渡してくれる?」
「いいのか、ありがとう。二人とも喜ぶよ」
並んで商店街を歩く。
「佐藤さん、昨日のオトの所作、あれは一体何だったんだ」
俺が尋ねると、佐藤さんは少しだけ興奮した様子で鼻息を荒くした。
「あれはとても人間の手で真似できるものじゃないわ」
「でもね、弟媛様が……あの技を通して何を伝えたかったのか、私、分かった気がするの」
「……そうか。それは良かったな」
彼女と別れ、俺は自室へと向かった。
鰻の香ばしい匂いと、ケーキの甘い香りの対比が、まるでエヒメとオトのような気がした。
俺は自宅の玄関扉に手をかけた。




