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神様たちと紡ぐ日々~忘れないでくれ~  作者: 空白朔名


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第26章 布は風を憶えている

 第26章 布は風を憶えている

 


 茅春が、また休憩時間に俺を屋上へ呼び出した。

 ドアの向こうで、彼女がまたあのタイトなスーツ姿で待ち構えているのではないか……。

 そんな心配をしながら、恐る恐る屋上のドアを開けた。


 そこには、いつも通りの姿の茅春が立っていた。

 少しだけ安心した。


「紡、ここがよく分かったわね」


「それで、今日はなんだ?」


「……ええ、そうよ。今日は、『妹デトックス』による更生プログラムよ!」


「なんだよ、それは?」


「紡、スマホを出しなさい!」


「ほら、これでいいのか?」


 茅春にスマホを渡す。

 彼女はニヤリと笑い、鬼の首を取ったかのような顔で画面をのぞき込んだ。


「ふふん、待ち受け画面のオトちゃんの写真を……あれ、違う」


「……してるわけないだろ」


「ふふっ、騙されないわ。フォルダには……あれ、ないわね」


「……そういえば、写真なんて撮ったことないな」


「じゃあ、仕事中に何を見て満足げにニヤニヤするの?!」


「……仕事中は満足げにニヤニヤしてないよ」


「……だ、大丈夫よ、紡。また、違う治療をしましょう」


 そう言い残すと、彼女はスマホを突き返し、全速力で屋上の階段を駆け下りていった。


 ——本当にデトックスが必要なのは彼女かもしれない。


 遠ざかる足音を聞きながら、俺は深い溜息をついた。

 屋上の風が、今日はやけに冷たかった。


 その日の夜。


 展示会の制作で追い込まれている佐藤さんが、俺の部屋で夕食の準備をしていた。

 デザインが浮かばず、行き詰まっている様子に、俺は声をかける。


「佐藤さん、夕飯は当分いいよ。展示会の方に力を入れろよ」


「……デザインの方向性が決まらなくて。実際の布の『動き』が、どうしても理想と乖離(かいり)しちゃうの」


 彼女は困ったように微笑んだ。


 食後、佐藤さんがふと、手元にあった描きかけのデッサン帳を傍らにいたオトに見せた。


「ねえ、これ……どう思います?」


「自分の作品でしょう? 自分で考えなさい」


 冷ややかに突き放すが、その視線は佐藤さんが手元で弄んでいた『試作の布地』へ向けられていた。


「……見てなさい」


 オトがその布を取り上げ、指先で空をなぞるように動かす。

 指先に布を遊ばせ、空気の渦を布に纏わせる。

 布は光を乱反射させ、まるで水面が波打つように、形を持って躍動するように揺らめいた。

 俺が今まで見てきたオトの所作とは違う、あまりに研ぎ澄まされた動きだった。

 佐藤さんは息を呑んで見ている。


 その直後だった。


「オト、そこまでにしておけ」


 エヒメが足音もなく二人の間に割って入り、オトの腕を掴んで止めた。

 オトは一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐに沈黙した。

 エヒメの眼差しは冷徹で、そこに宿る感情は俺にも読み取れなかった。


 しかし、その動きを間近で目撃した佐藤さんは、何かに取り憑かれたかのようにデッサン帳を掴み、狂喜した表情で自分の部屋へと駆け戻っていった。


「……エヒメ、なぜ止めたんだ?」


 俺の問いに、エヒメはオトの方を見ることなく、ただ静かに言った。


「……あれは神御衣(かんみそ)の技法じゃ」


 エヒメはそれ以上何も言わなかった。

 オトも何も話さなかった。


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