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神様たちと紡ぐ日々~忘れないでくれ~  作者: 空白朔名


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第25章 縫い込まれた所作

 第25章 縫い込まれた所作

 


 茅春が休憩時間に俺を屋上に呼び出した。

 ドアを開けると、俺は目を疑った。

 そこにはいつもと違う、身体のラインを強調したタイトなスーツに身を包んだ茅春が腕を組んで立っていた。

 カツカツと高いヒールの音を鳴らし、彼女が詰め寄ってくる。


「紡、ここがよく分かったわね」


「茅春がここに呼んだんだろ?」


「……ええ、そうよ。今日は、妹による『完全拒否』による更生プログラムよ!」


 そう言って、彼女はカバンからロングヘアの黒いウィッグを取り出し、被った。

 完全にオトを意識している。


「……オトの真似か?」


「いくわよ!」


 彼女は深く息を吸い込み、限界まで鋭い目つきを作った。


「お兄ちゃんなんて、大嫌い!」


 そう言って頬をふくらます。


「茅春、なにしてるんだ?」


「シスコンの心理的荒治療よ、覚悟して!」


「もう、お兄ちゃんなんて知らないんだからね!」


「その『忘憂草』飲んで、私のことを忘れなさいよね!」


「茅春……お前、本当に大丈夫か?」


「紡、口出ししないで!」


「バカじゃない、もう一緒に寝てあげない!」


「……でも、たまになら一緒に寝てあげてもいいんだからね」


「……勘違いしないでよね! ……『たまに』なんだからね!」


「毎日じゃないんだから!」


「……茅春、それ、完全にツンデレの教科書通りじゃないか?」


「…………」


 茅春が凍りついた。

 彼女はあからさまに動揺している。


「恥ずかしいなら、やめろよ……」


「……だ、大丈夫よ、紡。また、違う治療をしましょう」


 そう言い残すと、彼女はヒールの音をカツカツと乱れさせながら、全速力で屋上の階段を駆け下りていった。


 ——本当に治療が必要なのは彼女かもしれない。


 遠ざかる足音を聞きながら、俺は深い溜息をついた。屋上の風が冷たかった。


 その日の夜。会社の屋上での『更生プログラム』で疲弊したまま帰宅する。


 展示会の制作で忙しそうな佐藤さんが、俺の部屋で夕食の準備をしてくれていた。

 ドアを開けた瞬間、普段なら『お疲れ様です』と声をかけてくれる彼女が、その日は数秒間、言葉を失った。

 彼女の視線が、真っ直ぐに俺のスーツに吸い寄せられる。


「……川崎さん」


 佐藤さんはスーツの袖口、肩のライン、そして身体の動きに合わせて流れるドレープを、じっと見つめている。


「……今日はまた、一段と……」


 それ以上、彼女は何も言わなかった。

 目の前のスーツの完成度が、既製品という概念を根底から覆していることへの、静かな動揺が瞳に浮かんでいた。


 佐藤さんはそのまま夕食の支度を続けたが、俺がスーツを脱いで部屋着に着替えた後も、その視線は俺の動きを追い続けていた。

 スーツを脱いでも、俺の立ち姿は以前とは違っていた。


「……川崎さん、なんだか姿勢が良くなりましたね」


「まるで、誰かに厳しく仕込まれたみたい」


 彼女はそう言って、冗談めかして笑った。

 だが、その声の奥には、俺の身体に刻まれた『矯正』の痕跡を鋭く見抜くような響きがあった。


「そうかな? 前はよく、会社でも猫背だって怒られていたよ」


 今日の佐藤さんは、時折俺の動きを観察するように視線を送っていた。

 テーブルで俺がカップを持つ時の腕の運び、指の角度。


 ふとオトが俺の傍らに立ち、背中に触れる。俺は無意識のうちに、姿勢を微修正し、カップを置き直した。

 その一連の動作を、佐藤さんは背後から一言も漏らさず観測していた。


 帰る際、玄関先で佐藤さんがふと立ち止まった。

 彼女は振り返らず、夜の闇を見つめたまま、吐息のような声でつぶやいた。


「川崎さん、あなたって……こちら側の人だよね?」


 その声はあまりに小さく、聞き間違いかと思うほどだった。

 彼女が指す『こちら側』の意味を聞く前に、彼女は静かにドアを閉めて去っていった。


 リビングで、ジャケットの肩をさする。


 ——彼女は、一体俺のどこまでを見通しているんだろうか。

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