第23章 独りで眠れぬ神様
第23章 独りで眠れぬ神様
ある朝、目覚めると左腕に鈍い違和感があった。
ただの寝違えかと思ったが、痛みは腕から肩の付け根までじわりと広がっていく。
「痛たた……」
「どうしたんじゃ、紡よ。四十肩か?」
エヒメはスティックパンをかじりながら俺を見た。
「そんな歳じゃないよ」
「我を見ろ、この歳なのにどこも痛い所はないぞ」
「千五百歳ぐらいか? 見た目は俺と変わらないのにな……」
「主様、それがあの『ギャップ萌え』というものですか?」
オトが目を輝かせて割り込んできた。
「どこでそういうの覚えるんだ……違うから」
会社に行っても、その痛みは消えない。
茅春の『更生プログラム』として、やたらと腕を引っぱられ、連れ回されるのが、この時ばかりは拷問に近い。
「痛いって、加藤さん、そこは……!」
「茅春って呼んでください。そう呼ばないと『あのこと』バラしちゃいますよ」
——俺の腕だけじゃなく、社会的立場も破壊する気か……。
帰宅してからも、俺の様子を察したエヒメとオトが、過保護すぎる介護を始めた。
「紡よ、おぬしの経絡を刺激する、針治療じゃ」
エヒメは、裁縫針とは言えない畳針のようなゴツい針先で、強引にツボを刺そうとしてくる。
「やめろ、それはツボじゃなくて秘孔じゃないのか?」
オトはネットで拾った謎のマッサージ動画を流しながら、見様見真似で俺の腕を強引に揉みほぐそうとする。
「オキャクサン、ハジメテデスカ?」
「おまえ、どんな動画見てるんだよ!」
「二人とも、やめてくれ! 大したことないんだって!」
逃げ回る俺に、佐藤さんがそっと湿布を差し出してくれた。
「展示会の縫い物で私も肩が凝るんです。これ、よく効きますよ」
「……佐藤さんだけが救いだよ」
その夜、佐藤さんの湿布を貼り、俺は早々にベッドへ入った。
翌朝、ネクタイを整えてくれるオトの髪から、微かにあの湿布の匂いがした。
——なんでオトに湿布の匂いが……湿布を貼り直してくれたのか?
不思議に思ったが、その時は何も言わなかった。
その日の夜、俺は寝たふりをして静かに息を潜めた。
真夜中、ベッドの端が沈み、オトがやってきた。
彼女は俺の左腕をそっと持ち上げると、それを枕にするようにして俺の隣に身を沈めた。
——そうか。いつも夜中に消えていた彼女の寝場所は、ここだったのか……。
長い間、謎が解けた。
翌日、俺を気遣い、オトが買い物に行くと言った。
「いいのか、オト」
「主様を気遣うのは、わたしの役目です」
「余計なもの買うなよ。まあ、少しならいいけど」
「姉さまじゃあるまい、大丈夫ですわ」
そう言い残し、出て行った。
オトが買い出しに行っている隙に、俺はエヒメに切り出した。
「……エヒメ、オトの寝場所、知っていたのか?」
「なんじゃ? 紡は今まで気づいておらんかったのか」
エヒメは呆れたように笑う。
「あやつは幼い頃から、独りでは眠れぬほどの寂しがり屋でな。あの頃は我も添い寝をしておったわ」
「じゃあ、九州で別れた後はどうしていたんだ」
「オトにはあと二人の妹分を残したがゆえ、なんとかなったのであろう」
「じゃあ、お前は一人で残ったのか?」
「我には『宗像三姉妹』という、新しい姉妹ができたからのう」
エヒメはそれ以上は語らなかった。
その夜から、オトは日替わりで右腕と左腕を枕にするようになった。
何も言わずに眠る彼女の寝息を聞きながら、俺は腕を動かさないようにした。
いつか、この腕が必要なくなる日が来るのかもしれない。
その温もりを感じながら、俺も静かに目を閉じた。




