第18章 家なき神の居場所
第18章 家なき神の居場所
「えひめ様とおと様が相手じゃ仕方ない」
「今回のことは、わしがうまいこと言っておくわ」
婆さんが俺たちを見て、微笑んだ。
「ありがとうございます、管理人さん」
「……それに、この部屋は住人がすぐに出ていって困っておったんでな。川崎さんには感謝しておるよ」
「……どういうことなんですか?」
「六本入りスティックパンや十本入り乳酸菌飲料が、夜な夜なお化けに食われとる……という怪奇現象が多発しておってね」
どう考えても犯人はエヒメだ。
しかし、当人は婆さんの言葉を聞いて顔色を青くした。
「……こ、この部屋にお化けが出るのか!?」
「我も、減りが早いと思っておったわ。紡、この部屋は事故物件じゃ!」
——どの口が言っているんだ。
エヒメは涙目で震え、オトも青ざめて俺の袖を掴んでいる。
管理人の婆さんは、涼しい顔で二人を見つめ、とどめを刺した。
「……お化けが出るから、家賃を安くしておるのさ」
「それと、修羅場はほどほどにな」
そう言って、婆さんと佐藤さんが帰っていった。
俺は深いため息をつき、エヒメが現れるまで『気のせいだ』と思っていた自分の鈍感さを嘆いた。
婆さんが帰ったあと、部屋には温かい余韻が残っていた。
このワンルームには、もう規約なんて関係ないのかもしれない。
俺と、家なき神様たちと、彼女たちを見守る管理人さん。
奇妙で、けれど何にも代えがたい、俺たちの日常がここに残った。
「なあ、エヒメ。俺の部屋は二階だろ。なんで他の階じゃないんだ?」
「仕方ないじゃろ。一階はエントランスだからな。郵便受けにでも住めというのか?」
「そうだったな。じゃあ、三階や四階じゃダメなのか?」
「そんな階にまで行くほど、我は厚かましくないわ」
——十分厚かましい奴なのですが……。
「工事の時に、同じ敷地内だからと祠の場所を適当に移しよって。だから、この地は我の場所じゃ」
「だがのう、紡よ。この部屋の居心地はよいぞ」
エヒメは腕を組み、ふんぞり返る。
「……そうか、ありがとう」
今度は、少しだけ笑いを含んだため息をついた。
彼女の過去が明かされるたびに、振り回しているのは人間の都合なのかもしれないと思う。
俺が彼女の居場所を見つけ、そこに返すこともそうなのかと思うと、少し複雑な気持ちになった。
「主様」
隣で黙って話を聞いていたオトが、小さく口を開いた。
「姉様は、昔からああなのです」
「……ああって?」
「人に馴染みすぎるのです。神であることを忘れるくらいに」
オトは呆れたように肩をすくめた。
「だから、すぐ居つきますわ。村でも、屋敷でも、お社でも」
「オトよ、それは悪いことか?」
エヒメが不満そうに頬を膨らませる。
「悪くはありません。……だから、皆、姉様を忘れられないのでしょう」
一瞬だけ、オトが、とても優しい目をした気がした。
その夜、オトが脱衣場のドアから顔を出して、俺を呼んだ。
「……主様、主様」
「なんだ? シャンプーはまだあるだろ」
近づいた俺の腕を掴み、オトは脱衣場に引き込んだ。
そこに佇むオトの姿は、バスタオルを一枚、胸元できゅっと巻いた姿だった。
「な、なにしてるんだよ」
オトは下を向き、モジモジと恥ずかしそうにしている。
「主様、大変言いにくいことなのですが……」
言葉を詰まらせる。
狭い脱衣場で、彼女と触れそうな距離に立ち、緊張した空気が張り詰める。
いつもと違う彼女の態度に、俺も返す言葉を探した。




