↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様たちと紡ぐ日々~忘れないでくれ~  作者: 空白朔名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/121

第17章 祠のあった場所

 第17章 祠のあった場所


 

 専門学校の特別講義という大仕事から数日。

 当面の生活費を確保し、俺は久しぶりの平穏を噛み締めていた。


 そんな休日の昼下がり。

 チャイムの音で現実に引き戻された。

 ドアを開けると、そこには管理人の婆さんが立っていた。


「川崎さん、ちょっといいかい?」


「他の住人さんから聞いたんだけど。困るんだよね」


「えっ、なんですか?」


 ——ゴミの日や分別はちゃんとしている。騒音も最低限に抑えているし、ここは角部屋で、隣は佐藤さんの部屋だ。


 エヒメやオトが何かやらかしたのかと、冷や汗が背筋を伝う。


「ここは一応ね、単身者用で、同居は規約違反なんだよ」


「同棲なら、事前に許可を取ってもらわんと」


 婆さんは持ってきた入居時の契約書を俺に見せた。

 そこには、『原則単身者専用』の文字。


「聞くところによると、若いおなごを二人も連れ込んでいるらしいね」


「すいません、違うんです……」


 釈明しようにも、言葉が詰まる。


 『二人とも神様なんです』とは言えない。


 彼女たちが家なき神様で、ここに居候しているなんて、どう説明すればいい?

 奥からオトが、心配そうな顔で現れた。


「主様、どうなされました?」


「大丈夫だ。オト、奥に戻ってくれ」


 不安そうに背を向け、奥に戻ろうとした時、長い髪を後ろでまとめる髪飾りに、婆さんの視線が釘付けになった。


「……その髪飾りは、どこで手に入れたんだい?」


 さらに、部屋の奥からエヒメが出てきた。


「紡、ジャムの蓋が開かぬぞ」


 婆さんはエヒメの髪飾りを目にし、今度は口元を震わせた。


「まさか、えひめ様かい……」


 震える声に、俺は思わず問い返した。


「……管理人さん、もしかして、彼女たちを知っているんですか?」


 管理人の婆さんを部屋に招き入れ、テーブルを囲む。

 婆さんは、ポツリポツリと過去を語り始めた。


「わしの先祖は、もともと九州で呉服問屋を営んでいたんじゃ」


「爺さまの代で『のれん分け』し、この地で商売を始めた……」


「屋敷の敷地内に小さな祠を建て、そこに故郷から持ってきたお札を安置したんじゃ」


 婆さんはしばらく黙り込んだ。


「……もしかして、その子らは神様かい?」


 婆さんのストレートな問いに、俺は観念して頷いた。


「昔、忙しい両親に代わって遊んでくれたのは、いつもこの、えひめ様だったよ。たまに来るおと様も覚えてる」


 婆さんは懐かしそうに目を細めた。

 エヒメがこの地を選び、そして今となっては小さく寂れた祠となっていた場所。

 その真の意味を、俺はやっと理解した。


「おお、あの娘っ子じゃったか」


 その時、ガチャリとドアが開いた。

 合鍵を持つ佐藤さんだ。

 彼女は部屋の空気を読む間もなく、婆さんを指差して叫んだ。


「……川崎さん! また新しい神様ですか!? ストライクゾーン広すぎですよ!」


 佐藤さんは感心したようにノートを取り出し、猛烈な勢いでペンを走らせ始める。


「佐藤さん、管理人さんだよ」


「神様の管理人様!」


 佐藤さんは、とんでもない誤解を加速させている。

 婆さんは苦笑いを浮かべ、話を続けた。


「ちょうど、この部屋のあたりに祠があったんじゃ」


 今はマンションの敷地の片隅に追いやられている祠とは、少しの距離があった。


「わしはのう、あの時のえひめ様が忘れられんでのう……」


「呉服問屋を廃業してマンションを建てると決まった時も、祠だけは残したかったのじゃ」


「管理人さんが大切に残してくれたんですね」


 婆さんのおかげで、エヒメはここに残ることができたのかと、俺は少し胸が熱くなった。


「あの時の神饌(しんせん)は、なかなかのもんじゃったぞ」


 エヒメはテーブルの上の茶菓子を平らげ、緑茶をすすりながら、かつての思い出を懐かしむように言った。


「えひめ様は、あの頃から少しも変わっておられぬな」


 婆さんは目を細め、遠い過去を思い出すように笑った。


 ——すいません、管理人さん。


 なぜか、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。