第15章 弟媛様のブランディング戦略
第15章 弟媛様のブランディング戦略
オトから差し出されたお金。
妙なプライドが邪魔をして、俺はそれを素直に受け取れなかった。
「ありがとう、オト。でも、それは使えないよ」
「紡、お主は昭和か? 女に恥をかかすのではない。受け取っておけ」
エヒメはふんぞり返り、手をヒラヒラさせた。
——お前は、古墳時代だろ……。
「主様、遠慮なさることはありませんわ。今月も臨時講師の依頼が来ておりますので」
オトが困ったように微笑んだ、その時だった。
ガタガタッ! と、玄関のドアノブが激しく回される音が響き、玄関のドアが開く音がした。
「大変よ、川崎さん!」
チェーンロックのかかったドアの隙間から、無理やり中に入ろうとする佐藤さんの声。
そして、かわいい部屋用スリッパを履いた片足が、強引にドアの隙間へねじ込まれてくる。
「佐藤さん、待って。今開けるから。FBIでもそんなガサ入れしないから」
「いいから、これ見て」
さらに、ドアの隙間からシワだらけになったパンフレットを持った腕をねじ込む佐藤さん。
そこには、『服飾専門学校・特別臨時講師のお知らせ』と書かれていた。
そして添えられた写真には、今まさに俺の目の前でオーガニックシャンプーの三プッシュ制の撤廃を要求していた女神の姿があった。
「わたしの学校に弟媛様が降臨するの!」
チェーンが限界まで張り、丁番が悲鳴を上げる。
「佐藤さん、落ち着いて。この隙間では、あの網走の脱獄王でも無理だよ」
彼女を押し戻し、チェーンロックを外していると、俺の手から先ほどの『お知らせ』をヒョイと取り上げられた。
「ふふん、オト、我が代わりに講師をしてやってもよいぞ」
「ひえぇぇぇ、え、兄媛様まで……」
膝から崩れ落ちる佐藤さんを立たせ、部屋に入れた。
「……まさか、あの伝説の講師が弟媛様だったなんて」
落ち着きを取り戻した佐藤さんが話し始めた。
「他校でもすごい噂があったの。あまりに多忙で、なかなか予約がとれない幻の講師だって!」
「いや、佐藤さん。こいつ、いつもベッドで漫画読んでるだけだぞ?」
「そうじゃ、織恵。こやつが教壇に立つなど、多感な学生には刺激が強すぎるのじゃ」
——エヒメ、君は何の話をしている……。
エヒメがニヤニヤしながら口を挟むと、オトがふんとする。
「あまり依頼を受けすぎないことで、ブランディングとしてのカリスマ性が増すのですわ。計算通りです」
「労働意欲の問題だろ……」
「さすがです、弟媛様! そこまで計算して希少価値を……!」
佐藤さんが目を輝かせて、拝むようにオトを見る。
「こやつの教壇姿なぞ、年齢制限で全員が閲覧、視聴できないぞ。有料チャンネルで課金し……」
「エヒメ、ちょっと黙ってろ。話がややこしくなる」
「さすがです、兄媛さま。そこまで考えておられるとは」
「……佐藤さんも、いい加減目を覚ましなよ」
「兄媛さまのことは、わたしから先生方に話しておきます」
そう言い残し、佐藤さんは嬉しそうに自室へ戻った。
「ですから主様、このお金はわたくしの『食費および格式維持費(シャンプー代)』として家計に入れさせていただきますわ」
オトが俺にお札を握らせた。
——神様に養われてるみたいで癪だけど、背に腹は変えられないか。
オトは慣れているようだったが、エヒメは本当に臨時講師をするのだろうか。
当面の生活費の心配はなくなったが、新たな心配事が増えた。




